148人が本棚に入れています
本棚に追加
「亮……何年かぶりだな」
「うん。……チケット代、返しに来た。仲間が失礼なことして、悪かった。これ、30枚分の6万」
「私達は嬉しかったんだがね。
お金は受け取れない。返したくないんだよ、このチケットを。
お前が……お前達がこれまでに積み重ねたものが、この一枚一枚にあるんだろう?
一枚一枚に、それだけの価値がある。だから記念に。
その金はお前たちで、『イルミネーション』の今後のために使いなさい」
父親は、頑としてカネを受け取らなかった。
施しなんか、今さら欲しくない。イラついた俺の語調は強くなる。
「……俺がやってる音楽なんか、本当は興味ないくせに」
父親は、目を見開いた。
「『俺がやってる音楽なんか』?
お前は、自分のやっている音楽が好きじゃないのか?
まさか、クラシックやオーケストラより格下だとでも思ってるのか?」
父親の言葉には、怒りが含まれていた。
「今『クラシック』と呼ばれる音楽だって、最先端のポピュラー音楽だった時代がある。
お前だって知ってるだろう。ベートーベンだってモーツァルトだって、ただの新参の流行作家だった。
『クラシック』という言葉からして、まだ二百年も経ってない新しい単語だ。
音楽は、いつだって、どんなふうにでも変わっていく。
オーケストラだって、新たな可能性を求めて、日進月歩の世界だ」
気圧されながら、それでも反論した。
「授業料使い込んでギター買ったとき、あんなに怒ったじゃないか」
「勝手に大学まで辞めてくるからだ。相談してくれれば、お前が大学に行きながら音楽を続ける方法を、一緒に考えることもできたのに。
……そんな親でありたかったよ。お前が何も言わずに辞めてきて、あのときは、……本当に悲しかったんだ。私も、お母さんも」
「……でも、……でも、ピアノでモノにならなかった俺がギターなんて、ガッカリしたろ?
才能もない奴が、他の楽器に逃げてる、って」
父親は、ため息をついた。
「……私達は、もう少し話すべきだったな……。
確かに、お前に音楽を好きになっては欲しかった。私達の好きな世界を、お前にもな。
ピアノをやめた子供のお前に、編曲や作曲の面白いセンスがあると感じた時は、本格的に学ばせたほうがいいんじゃないかと、本気で悩んだよ」
「え……」
「でもお前は、自分で道を見つけ出した。嬉しかったよ。
ギターに出会って、どんどん変わっていくお前を見て、『蛙の子はやっぱり蛙ね』って、お母さんが一番喜んでいた。
無理矢理ピアノを続けさせなくて良かった、って」
俺は、もう言葉も出ずに、立ち尽くしていた。
「どんな楽器も、どの音も、合わせれば必ず新たな世界を見せてくれる。だから私はオーケストラの道を選んだ。
私はひとりの音楽家として、お前がギターから作り出す和音を、ぜひ聴いてみたい。
お前の才能に最初に気づいたと自負している、父親としてもな」
『クラシック』に固執していたのは、
クラシックしか見えていなかったのは、
……俺のほうだったのか?
「次の機会があったら、必ず知らせてくれ。
この間来た娘さんにも頼んだんだけれどね。お前が自分では言ってこないだろうから、頼む、って」
最初のコメントを投稿しよう!