scene37 散歩道

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俺は、唖然としたまま、アパートに戻った。 どこかで、まだ信じられなかった。 今までの自分の意地もプライドも劣等感も、どこに持って行けばいいのかわからなかった。 「どうしたの? なんか変な顔してる」 俺の顔を見るなり、美鶴が怪訝そうに尋ねてきた。 「いや、……」 「実家、帰ってきたんでしょ? ご両親と話せた?」 「ああ。……親父と」 「ふうん……」 俺の顔をまじまじと覗き込んでいた美鶴が、視線を落としてボソボソと話し始めた。 「亮くん、あのね、……私、もうひとつ、亮くんに秘密にしてたことがあるの」 そう言ったかと思うと、いきなり俺の前でふんぞり返った。 「私はね、亮くんのお父さんお母さんが、亮くんのこと愛してる証拠を握ってるんだぞ!! えっへん!!」 「はあ?」 「だって亮くん、いつも好きなことさせてもらってる。 ピアノだってギターだって、たぶんそのほかのことだって、 亮くんがやりたいって言ったこと、止められたことある? ないでしょ?」 「……ない。大学辞めたこと、くらいかな」 「それはまあ、親なら誰でも怒るでしょ! でも音楽は? きっとホントは音楽だって、やって欲しかったに決まってる。 でも、強制されたことなんてないよね?」 「……ない」 「私ね、『イルミネーション』の初めてのライブのとき、亮くん家に連絡したの。見に来て、って」 「え!」 「お父さんは都合つかなかったみたいだけど、お母さんは来てくれてたんだよ、あのライブ」 「……マジかよ……」 「お母さんね、泣いてた。亮くんが、気持ち良さそうにギターを弾いてるのを見て。 亮くんが、ギターに出会えて良かった、って。 ピアノが亮くんを音楽嫌いにしてしまわなくて良かった、って」 …………今日は、なんて日だ。 「お母さん、すっかり聞き入っちゃってて。 で、『お父さんに録音してこい、って頼まれてたのに、全然忘れちゃってた』って、あとで大慌てして。 私、すごく納得しちゃった。 あのお母さんとお父さんだから、亮くんが生まれたんだね」 「美鶴」 俺は美鶴を抱き寄せた。 今日は本当に、なんて日なんだ。 美鶴の髪に顔を埋めて、俺はうめいた。 すべてがほどけていく。 美鶴の髪の手触りみたいに、すべらかに、柔らかく。 「亮くん?」 「うるせーよ……ちょっと黙っとけ」 「…………うん。黙っとく」 美鶴は俺の胸に顔を埋めて、くぐもった声で、ふふっ、と笑って。 それからずっと、その小さな手で、俺の背中を撫でていてくれた。 俺はその夜、美鶴に抱かれて、初めての暖かい涙を流した。
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