scene37 散歩道

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忘れられない秋が、終わろうとしていた。 「じゃ、ちょっと練習行ってくるな」 「今日はどこ?」 「いつもの貸部屋」 「一緒に行っていい?」 美鶴が見に来るのは久しぶりだ。 電車を降りて、いつもの駅通りの並木道を、今日は二人で並んで歩く。 すっかり落葉した樹々が、黄昏の歩道に細く長い影を伸ばしていた。 「葉っぱ、みんな落ちちゃったね」 「ああ。寒くなったな」 「亮くん、覚えてる? 初めて亮くんと会ったの、ここだったんだよ。 麻衣ちゃんが、『イルミネーション』に入るか入らないかで、初めて見学に行くって言って、 私と二人でこの並木道の端っこで待ってたら、亮くんが迎えに来たの」 「忘れらんねーよ、あの衝撃は。ナニこの女!? って」 「えー!! ……そうなの? 私の第一印象って最悪⁉」 「だってお前、自分がナニ言ったか覚えてんのか? ガタイのいい麻衣のそばで、なんか小っこいのがこぶし振り回して青筋立てて、 『アヤシイ男ばっかのトコに、麻衣ちゃんを夜中に一人でなんか置いとけない』『私も連れてけ』って。 麻衣は涙流して笑ってるしさ、何なんだこの理解不能な凸凹コンビは、って目がテンだったぜ、俺」 「え~……。私あのとき、迎えに来た亮くんが、思ったよりずっと紳士的だったから、 ガツンと言うのはやめて、控えめにしたのに」 「あれで!?……まあ、俺は面白いモン見せてもらって、迎えに行って得したけどな」 デパートのそばを通りすぎる。 ショーウィンドウには、いつかのセーターがあの時のまま、まだディスプレイを飾っていた。 足が勝手に止まる。 美鶴が、寒そうな襟元から出した細い首を、不思議そうにかしげている。 いつかの、すべてにやるせなかった気持ちがよみがえって、 ショーウィンドウを見つめたまま、俺はつぶやいていた。 「……買ってやれなくてごめん」 ふと気づく。 ごめん、――なんて、きっと言ったのは初めてだ。 美鶴は眼を丸くして、俺を見つめていた。 「買う、って、その高そうなセーター?」 「……」 言葉が出ない俺をしばらく見つめたあと、 美鶴は、白い息を吐きながら、花のように笑った。 「いらないよ、セーターなんて。私には、これがあるもん」 俺の袖口に両腕でしがみついたかと思うと、美鶴は俺の腕に頬ずりを始めた。 「あったか~い!」 「……安上がりだな」 「ホントにあったかいんだよ!」 「なんか、アライグマみてー」 「む。乙女をブジョクしたな」 「誰が乙女だ。ほれ、行くぞ」 しがみついてアライグマすりすりを繰り返す美鶴を、引きずるように歩き出す。
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