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忘れられない秋が、終わろうとしていた。
「じゃ、ちょっと練習行ってくるな」
「今日はどこ?」
「いつもの貸部屋」
「一緒に行っていい?」
美鶴が見に来るのは久しぶりだ。
電車を降りて、いつもの駅通りの並木道を、今日は二人で並んで歩く。
すっかり落葉した樹々が、黄昏の歩道に細く長い影を伸ばしていた。
「葉っぱ、みんな落ちちゃったね」
「ああ。寒くなったな」
「亮くん、覚えてる? 初めて亮くんと会ったの、ここだったんだよ。
麻衣ちゃんが、『イルミネーション』に入るか入らないかで、初めて見学に行くって言って、
私と二人でこの並木道の端っこで待ってたら、亮くんが迎えに来たの」
「忘れらんねーよ、あの衝撃は。ナニこの女!? って」
「えー!! ……そうなの? 私の第一印象って最悪⁉」
「だってお前、自分がナニ言ったか覚えてんのか?
ガタイのいい麻衣のそばで、なんか小っこいのがこぶし振り回して青筋立てて、
『アヤシイ男ばっかのトコに、麻衣ちゃんを夜中に一人でなんか置いとけない』『私も連れてけ』って。
麻衣は涙流して笑ってるしさ、何なんだこの理解不能な凸凹コンビは、って目がテンだったぜ、俺」
「え~……。私あのとき、迎えに来た亮くんが、思ったよりずっと紳士的だったから、
ガツンと言うのはやめて、控えめにしたのに」
「あれで!?……まあ、俺は面白いモン見せてもらって、迎えに行って得したけどな」
デパートのそばを通りすぎる。
ショーウィンドウには、いつかのセーターがあの時のまま、まだディスプレイを飾っていた。
足が勝手に止まる。
美鶴が、寒そうな襟元から出した細い首を、不思議そうにかしげている。
いつかの、すべてにやるせなかった気持ちがよみがえって、
ショーウィンドウを見つめたまま、俺はつぶやいていた。
「……買ってやれなくてごめん」
ふと気づく。
ごめん、――なんて、きっと言ったのは初めてだ。
美鶴は眼を丸くして、俺を見つめていた。
「買う、って、その高そうなセーター?」
「……」
言葉が出ない俺をしばらく見つめたあと、
美鶴は、白い息を吐きながら、花のように笑った。
「いらないよ、セーターなんて。私には、これがあるもん」
俺の袖口に両腕でしがみついたかと思うと、美鶴は俺の腕に頬ずりを始めた。
「あったか~い!」
「……安上がりだな」
「ホントにあったかいんだよ!」
「なんか、アライグマみてー」
「む。乙女をブジョクしたな」
「誰が乙女だ。ほれ、行くぞ」
しがみついてアライグマすりすりを繰り返す美鶴を、引きずるように歩き出す。
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