scene2 いちばん近い他人

2/5
前へ
/267ページ
次へ
「こんの……酔っぱらいが!」 「んー? 酔ってないってば」 「まっすぐ歩いてから言え、その台詞」 亮介は美夜を支えながら、アパートの階段を上る。 繁華街に近い美夜のアパートは、酒を飲んだ後の麻雀仲間の溜まり場だ。 「みゃー、鍵は?」 「んー? はい」 素直に差し出された鍵で、亮介は勝手知ったるドアを開けた。 仕事で手痛い失敗をした亮介を、『ヤケ酒しよう』と誘ったのは美夜のほうだ。 「まったく、どっちのヤケ酒だよ」 「だって亮介、絶対悪くないじゃん! アッチじゃん、連絡ミスったの!」 「ハイハイ、もう何回も聞いたって、それ」 美夜がベッドに倒れ込むのを見届け、亮介は踵を返す。 「じゃ俺、帰るぞ」 「……ダメ!! まだ飲むの!!」 美夜は叫ぶように言って、むくりと起き上がり、ふらふらとキッチンに向かう。 覚束ない手つきで氷を取り出す美夜の背中を、亮介は複雑な気持ちで眺めた。 何か、あったんだろうな。 まあ、尋ねて素直に話す奴じゃないが。 「……タクシー来るまで、だぞ?」 亮介は、フローリングのローテーブルのそばに腰をおろした。 「うん! ……朱里さん、元気?」 「何だよ急に」 「いや、樹里ちゃん生まれてからその後、どうかな~って……」 「カミさんも樹里も、これ以上ないくらい元気だな。 樹里の夜泣きってスゲーの、むしろ俺のほうが睡眠不足で倒れそ。 今日は母娘で里帰り中だから、久々熟睡できる」 美夜の視線が揺らいだように見えた。 「……朱里さんいないんだ、今日」 ロックウィスキーのグラスを手に、美夜が亮介の隣に座り込む。 「えへへ」 「えへへ、じゃねえよ。お前飲み過ぎ」 「いいの今日は!」 美夜からグラスを受け取り、氷を揺らしながら口に運んだところで、亮介の携帯が震えた。 ゴクリと一口飲み込んで、亮介は画面を確認する。 「ああ、タクシー来たわ、じゃあな」 残りを一気に喉に流し込んで、カタン、と空のグラスをテーブルに置いた亮介に。 「帰ら、ない、で」 美夜が、声を絞り出した。 グラスを両手で握りしめ、俯いたまま。 「帰らない、で……今日だけでいい、から」 美夜が、こつん、と額を亮介の肩に預けた。 震えが伝わってくる。 「……みゃー、明日絶対記憶ねえだろ、お前」 「明日はなくても、今は、ある」 顔を上げた美夜の目に滲む、涙。 亮介は思わず、美夜の身体を引き寄せていた。
/267ページ

最初のコメントを投稿しよう!

148人が本棚に入れています
本棚に追加