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悠人は、美咲のオレンジジュースと自分のコーラを買ってくると、図書館前の階段に美咲と並んで座った。朱く染まった雲を眺めながら、コーラに口をつける。美咲も隣で少しずつオレンジジュースを飲んでいた。ときどき、互いの腕が無意識に触れ合う。
「あの、悠人さん……」
不意に、彼女が遠慮がちに呼びかけてきた。悠人はコーラから口を離して彼女に振り向く。
「何?」
「私、今度からお兄ちゃんと来ようと思うの」
思いがけない彼女の言葉。悠人はコーラの缶を持ったまま硬直し、頭の中が真っ白になった。長い長い沈黙のあとで、ごくりと唾を飲み、なんとか平静を取り繕って尋ねる。
「知られたくないんじゃなかったの?」
「もうお兄ちゃんに嘘をつきたくないし……」
美咲はうつむいて静かにそう言うと、ニコッと笑顔を作って悠人に振り向く。
「それに、私きっとお兄ちゃんの役に立てるから」
「役に、立つ……?」
悠人はいまだ頭の働かない状態で、ぼんやりと彼女の言葉をオウム返しする。大地の役に立つ? 勉強することが? いったいなぜ--考えれば考えるほど混乱していく。答えを求めるように、澄んだ漆黒の瞳をじっと見つめた。しかし。
「秘密」
美咲は両手でオレンジジュースの缶を持ったまま、肩をすくめてくすっと微笑んだ。
「だから、悠人さんとはこれが最後」
「そうか……」
理由はわからないが、彼女が決めたことである。悠人はそう答えるしかなかった。勉強をやめるというのなら説得のしようもあるが、悠人ではなく大地に頼ることにしたというだけだ。口を挟むことなどできはしない。
美咲は、肩の長さに切りそろえられた黒髪をさらりと流しながら、首を伸ばして悠人を下から覗き込む。
「ねぇ、悠人さん。私のこと好きだった?」
「……少しね」
悠人は彼女から僅かに視線を逸らせ、薄く微笑んだ。もうずいぶん前から自分の気持ちには気付いていた。そして、それが叶わないことも最初から理解していた。
「私も少し好きだったわ」
そう言って、美咲はにっこり笑った。
そして。
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