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脱いだ服を一輪車に置き、肩にロープをかけ、「あれ」を引きずる七歳の少女。
とぷん
ヒグラシの蝉時雨の中響いた、小さな水音。
「ふふ」
鼻が触れそうな程の至近距離でかおりが笑う。
かおりの美しい目に映るのは、涙と鼻水にまみれ、生気が抜けきった様な虚ろな目をした男だった。
「かおり、元気でやっているか。お父さんは今、タイで仕事をしているよ」
「……?」
「まだしばらく帰れそうにないけど、御近所の方や先生の言うことを良く聞いて高校生活を楽しみなさい」
かおりの潤んだ唇が言葉を次々に紡ぎ出す。
まるでロボットの様だった。
「遠く離れていても、いつもかおりの事を想っているよ。お父さんより。
――ふふ」
かおりが「どう?」とばかりに満足げに微笑むと、脳震盪を起こしたかの様にぐらぐらと視界が揺れた。
重力に任せ、頭が深くうなだれる。
「日常的にあんな仕打ちをする父親なんて、いらないでしょう?」
うなだれた後頭部にかおりの澄んだ声が響く。
意味を噛み砕く事はもう出来なかった。
身体が、脳が、痺れたように全ての活動を拒否した。
「思い出しちゃったんだもの、しょうがないわよね」
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