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「おい、キース。空から白ウサギの毛が降って来たぞ」
グリッドの言葉にキースが空を見上げると、キースの鼻先に白い綿が舞い降りて、溶けて消える。
キースはその冷たさに顔をしかめた。
グリッドの方は『白ウサギの毛』を捕まえようとするが、つかんだと思って拳を開けば、濡れた掌があるだけで、小首をかしげる。
「これは雪だよ。お前の地元では降らなかったのか?」
「ユキ?何だそりゃ?」
キースの言葉に、グリッドはさらに首をかしげて、
「地元ねぇ~。あんま覚えてないしなぁ~」
耳が肩に触れるくらいグリッドは首をひねった。
「そんなんでよく白ウサギのことを知ってたな」
「あれは、俺と一緒に売られてたから」
グリッドは首を戻し、愉快に笑った。
「お前と同じように、あれとは野菜を奪いあった仲なんだ」
昔を懐かしむように『白ウサギの毛』を追いかけるグリッド。
地元の記憶はなく、一緒に売られていたウサギのことくらいしか覚えていないグリッドは、哀れな存在のはずなのに、キースの目にはこの場の誰よりも明るく映る。
幸せを知らない青年は不幸も知らないのだろう。
キースはそう感じながら、錆付いた剣を握る手に、はぁーっと生温かい息を吐きかけた。
「なぁ、キース」
「ん?」
「俺はな、野菜たっぷりの野菜スープを飲むのが夢なんだ。その夢が叶うまでは絶対死なねぇ」
「…………ちっせぇ夢」
グリッドの言葉に、キースの目頭が熱くなって、声が震えた。
それは、大きな夢だった。
だけど、最後の晩餐が申し訳程度に数枚の葉が浮かんだお湯でしかない野菜スープだったことを、キースは思い出し、
「その時は、俺にも食わせろよ」
「生きてたらな」
「死なねぇよ」
二人は錆付いた剣を強く握りしめ、まだ遠くて見えないが、敵がいるであろう方角を睨みつける。
数合わせで無理やり連れて来られた彼らは、きちんとした訓練も受けていなければ、鎧のような装備もない。
しかし、低い、何か楽器の音が、無情にも鳴り響く。
それは、戦闘開始の合図。
そして、二人は、
全力で、
逃げた。
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