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まだ霞む空から、光が漏れ朝を告げた。色づき始めた花々が春の訪れを歓迎している。
昨夜降った雨は、道端に潤いをもたらし、霧中から聞こえてきたのは、遠くで気持ち良く鳴く鳥達の歌声だった。
誰もいないはずの田畑から小気味良い音が鳴る。鍬を振り上げ、快活に田を耕す老女がいた。
純白の中に、漆黒が混じる髪、年は還暦を過ぎた頃か。
しかし淡く輝く大きな瞳、何より微笑みを絶やさない笑顔が彼女の美しさを讃えていた。
「おはよう蘭さん、今日も早いねぇ。」
通りかかった一人の老人が彼女に声を掛ける。
彼女は手を休めて老人に笑い掛けた。
「いつも私が一番よ」
その笑顔を見て老人も微笑み、何度か頭を下げて去った。
それから少しすると今度は若い青年がやって来た。
「おはよう蘭さん!いや~やっと晴れたね!」
手の甲で額を拭うと、また朗らかに笑う。
「そうね、やっと仕事始めのお天気だね。」
「この分だと祭りに間に合いそうだよ。でもまた荒れちまうかもな…」
不安げに空を見上げる、そんな様子に胸を叩いて笑った。
「大丈夫!!皆の気持ちが天に届くわよっ!」
すると青年もつられて笑う。
「蘭さんが笑ってるとさ、本当に晴れそうだね。」
その後も幾人かの人が通り過ぎたが、彼女に声を掛けない者は一人もいなかった。
やがて太陽が頭上に昇り、誰となく小高くなった丘に集まってきた。
この場所は、朝から仕事に勤しむ人々の憩いの場である。
親が仕事に出た子供達の遊び場でもあり、ここで普段の愚痴や喜びを分かち合うのだ。
その丁度真ん中に小さな岩があり、そこで輪になって先程の老女が、子供達に勉強を教えていた。
「ら~んさ~ん!!ここはどうやるのぉ?」
「ええっ?何でこうなるの?蘭さんわかんなぁい!」
「はいはいっ!!ちょっと待っててね~。」
老女は子供達の純粋な問いに、優しく答えていた。
「はいっ!今日はおしまい!皆よく頑張ったね!」
そう言うと子供達は笑って彼女の下に駆け寄ってその袖を引っ張り合った。
「昨日の続き話して~!」
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