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書類鞄の中に自前のラップトップPCを入れて、そ知らぬ顔をして化粧室を出た。
6階の男子トイレの前を通過したが、誰も姿がなく、ロッカールームも無人で静まり返っていた、ホッと胸を撫で下ろす。
エレベーターホールへと立ち、
エレベーターのボタンを押すまで、背後にいる影に気づかなかった。
「佐藤」
「ひ!!」
思わず背後から聞こえた馴染みのある声に、悲鳴を上げた。
「リ!!...リーダー」
細い紺色のフレーム眼鏡を掛けた、東雲 明夜(しののめ・あきや)
獣が爪先で抉ったかのような鋭いぎざぎざとしたカーブを描く柄が印象的な眼鏡のエッジの強さよりも、さらに鋭い切れ長の瞳がのぞかせている。
口元には、なにやら面白いものでも発見したかのような、
狡猾な笑みを浮かべていた。
経理部のキツネ。
目つきが異様に鋭く、動物並みに嗅覚も鋭い。
そして、私を奴隷のように扱う鬼上司。
なんでまた、彼に会ってしまうんだか....。
「今...何時でしょうか?佐藤舞さん」
「え、えーと....只今日本はですね...」
腕時計を眺めようと袖をめくった。
途端に背後から後頭部をポカリと殴られた。
「った!暴力反対!」
「なんだと?
おまえ、仕事抜け出して一体何やってんだ?」
「え?お先に休憩とらせていただきまーっすって、
村山さんに言いましたけど」
「俺は聞いてない」
「ちゃんといいました!」
「オ・レ・は、聞いてない」
”俺”を強調して再度、ねめつけるように私を見下す上司に
何も言い返せずパクパクと口を金魚のように動かした。
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