だって夏だもん

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「俺がいなくなったら、しーちゃん3分の間に10人くらいからナンパされちゃうよ?」 さ、3分で10人? 陽向の言い方は大げさだとは思うが、只でさえ人目を引く容姿の上に、詩信の今の出で立ちはビーチでは目立ちすぎる。知らない人からの容赦無い視線の矢は、確かに詩信の背中にも先程から、びしばし突き刺さる。 「でもひなちゃん、ここにいても面白く無いでしょ?」 「…しーちゃんは。俺がここにいるのイヤ?」 「…や、じゃない、けど…」 寧ろ積極的に嬉しいし、ありがたいと思ってる。 「じゃあ、いさせてよ」 詩信の反論を遮るように、陽向は力強く断言する。 けれど、そのうちレジャーマットに身を横たえていた陽向は眠くなってしまったらしく、寝息を立て初めてしまった。 (…疲れてるのかな) 学生の自分たちと違い、陽向ははや社会人だ。 不思議な男だと思う。いい加減で大雑把で。全てに於いて調子が良くて、適当な男。けれど、本質だけはしっかりと掴んでる。 (もう恋なんてしないって思ったのに…) ぎゅっと胸が収縮するのは、間違いなく詩信が彼に好意を寄せているからだろう…。 「ひな、ちゃん…」 こっそりと名を呼んでみる。けれど、陽向は応じない。無反応がつまらなくて、詩信は指先をそっと陽向の頬に伸ばす。 こわごわとつついてみる。詩信の肌より固い頬が、指先を跳ね返してくる。けれど、肝心の本人はまだぐうぐう寝てる。 (寝付き良くって、眠り深いんだなあ。ひなちゃん) 自然に詩信の口元が緩む。年上なのに、自分の前でこんなに無防備な姿を晒してるこの人を、好きだなあと思う。こんな気持。ずっと忘れてた。自分にはとっくに無くなったと思ってた。 好き。触れたい。詩信の中に芽生えた衝動に、陽向が眠ってるせいか、詩信は素直に従えた。 (ちょ、ちょっとだけなら気づかれないよね…?) 持ってた日傘を陽向に差し掛け、影を作ると、詩信は陽向の寝顔に近づいていく。ちゅっ、とさっき指で触れた箇所に唇で触れてみる。 (うわ、どうしよ。ひなちゃんにほっぺちゅーしちゃった) すぐさま離れようとしたら、陽向の瞼がぱちりと開いた。
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