だって夏だもん

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次の日は、午前中は市内観光をして、帰ることになった。一旦陽向の家に戻って、世話になったお礼を言って、荷物を車に積み込む。 まず月征が運転席に乗り込んで、直が助手席のドアに手を掛けた時だった。ドアミラー越しに、泣きそうな詩信の顔が映って見えた。 「月征先輩…」 月征に声を掛けると、月征も運転席側の窓から、後方を確認する。泣きそうな顔の女と困り顔の男。第三者の存在を阻む空気が、陽向の家の広い駐車場スペースに漂ってる。 「乗って」 「え?」 「俺ら邪魔だろ?」 にやっと月征は口角をあげる。普通の乗用車より一段高い助手席に、直は慌てて乗り込んだ。 「陽向っ」 別れの際を惜しんでたふたりの間に割って入った声に、陽向ははっとなって顔を上げた。 「俺、土産買うの忘れたから、買ってくる」 月征の台詞は気遣いなのだろうが、言い訳としてはかなり下手くそな部類に入るだろう。土産なんて、帰りのサービスエリアで、いくらでも買えるじゃねえか。 けれど、その下手くそな口実を陽向はありがたく受け取ることにした。 「おう」 右手を挙げて、了解の意を示すと、月征の乗ってきた赤いエクストレイルは直を乗せて、走り去ってしまう。 (30分くらいかな…) 残された時間。 毎日ラインでやりとりしてても、実際に会って彼女の表情を声を匂いを体温を、感じるのとは雲泥の差。近づいたと思った距離は、また遠ざかってしまう。
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