第八幕『大クラフト』

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 1:アリエル ■2028年 6月2日 「はっ……」  その暑い暑い夏の日、私はまたあの悪夢から目を覚ます。周りは潔癖なくらいの白の壁で覆われ、身体はおおよそ8メートル四方の部屋の窓際にあるベットに縛り付けられている。 いや、それは文字通り縛り付けられているわけではないのだが、心境としては、そういう類のもので。  流れてくる嫌な汗が衣服に染みて気分が悪い。こちらの気分とは裏腹に、この病的なくらい白の病室から見る景色は、夏という記号を示すような青い空と、白い誘導雲が眺められた。  私は重い下半身を促すように上半身でひっぱり、近くの車椅子へとその身を投げ出す。そして個室の病室を抜け出すと、いつものあの場所へと移動する。  車椅子の歯車がギシ、ギシと鈍い音を立てる。そう、これが私の足だ。もはや、二足歩行生物の体裁すらまともに機能していない。  エレベーターを使い、屋上の近くの階層まで移動する。そして車椅子が進行できない屋上への階段にたどり着くと、私は静かに魔法をかける。それは文字通りの意味で、魔法なのだ。その魔法を車椅子にかけると、地球の重力はもう意味をなさない。車椅子の歯車は階段に吸い付つく様になって、階段の不愉快な段差の圧力を感じながら屋上へと上がる。  屋上の扉の前にたどり着く。本来そこには鍵がかけてあるのだが、それも魔法の前では無意味なものだ。カチャリ、魔法の圧力に耐え切れず屋上の扉は開放された。  ギィイイイイと、少し甲高い音を立てて扉が開く。外の生暖かい風が肌に触れる。夏という季節を感じる。肌がべたついて嫌になるが、その感情とは逆にまた心地の良い季節でもある。 車椅子で進むその少ない距離がすべてだ。少しずつ前へすすんで、小高い丘の上にあるこの大きな病院から外の町並みを見渡す。
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