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「……暑い、遠い」
手を町並みの方へ向けても、私はおいそれとその場所へ行けるわけではない。
「アリエル」
すぐ後ろの方で鈴の音のように小さく、けれど凛と響く声がした。振り返るとそこには見知った小柄な女子が一人、いつもの気だるそうな瞳でこちらを見つめていた。
「ここへは上がらないで、と何度も入っているはずよ、部屋へ戻りましょう」
まるで大人が子供に言い聞かせるような言い方に虫唾が走る。
「うるさい、私がどこへいようと勝手でしょ、どうせこの病院から出ることは許されないのだから、せめて風通しの良い場所に身をおきたくなるのよ」
小柄な女子、いや、ルナと言う名前のこの変わった人物は、私のすぐ近くまで歩いてきて、ぼうと、遠くの景色を見た。
「私には貴方の見ている景色は理解できない、けれど義務があるわ、だから、戻りましょう」
一体ルナはいくつぐらいなのだろう。その中学生のようなあどけない顔立ちからは想像できない、どこか達観したような視点で物事を解釈していつも話しかけてる。
おてんばする私に対して叔父がつけた歳の近い監視役だそうだけれど、もっと友達がいのある子だったら良かったのに。
「まあ私がこのままここで死んでしまったら誰かが困るのでしょうけれど、それでもね、多分もうこの景色ですら見納めだって思ったら、ぎりぎりまで見ていたいものなのよ、自分が生まれ育った、この街、ここでしか生きられなかった、街を」
悲観しているわけではない、ただ、そう思っているだけだ。
「もう少し、待つ」
ルナはそう言って屋上から去っていた。相変わらず口数の少ない女子だなと思った。
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