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村から南の方角にある3本松のてっぺんには1人のテングが住んでいた。
名をカラという。
村人の大半はカラのことが見えないため、もっぱらテングがいるという噂だけであった。やれ突風が吹いたのはテングのせいだ、とか晩に聞こえた不気味な角笛はあの3本松のテングが吹いたものだ、とか。村の人はおかしなことが起こるとなんでもテングのせいにしていた。
村娘のアヤにはカラが見えているようだった。
「テングさん。今日は角笛吹かないのね」
3本松のてっぺんからアヤを見おろし、カラは何も答えなかった。
アヤは毎日のように来た。
そして毎日のようにカラに向かって話しかけた。
そのたびにカラは無視し続けた。
ある日のこと。
カラはいつものように空を眺め、風を読んでいた。飛びやすそうな風があればカラは自由に空を飛んだ。今日はまだアヤは来ないか。
カラはいちおう、アヤが来るときには3本松にいることにしている。せっかく来たのに主のいない3本松ではなんだかかわいそうだからだ。いつも楽しそうに話しかけてくるアヤのことをカラは気にかけるようになっていた。
すこし飛んで行こう。
アヤが来るまですこしばかり新鮮な風に羽を慣らしておこう。カラは西に向かって飛んだ。
「うん……?」
気ままに羽を風に慣らしていると、地上にアヤを見つけた。
「あいつ、あんなところを歩いているぞ」
アヤが歩いていたのは川のすぐ側だった。もし足を滑らせて落ちてしまったら大変。カラはしばらくアヤの様子を空からうかがうことにした。
「あいつ、なんであんなところを歩いてるんだ」
カラはだんだんと腹が立ってきた。
「わざわざあんな危ないところを歩かなくてもいいだろうに」
カラは地上に降り、近づいてみることにした。
「…………」
一歩近づき、手を伸ばせば届く距離をカラは歩いていた。アヤはカラに気づかず、なおも川沿いを歩き、3本松に向かっていた。
アヤの歩みは確かで川に落ちることはなかった。
心配してしまった自分を恥ずかしく思ったカラは、3本松が見えてくるとアヤと離れてから飛び立ち、3本松に先回りした。
「こんにちはテングさん。今日もいい天気ね」
「…………」
カラは聞きたかった。
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