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なんで今日あんなところを歩いていたのか。これからも川の側を歩いてくるのであればいつも心配に思ってしまう。
「なんで川の側を歩いていたんだ」
ぶっきらぼうな物言いだが、カラは今日初めてアヤに向かって声を発した。
「なんでって歩きやすいから。じゃあやっぱりさっき私の後ろを歩いていたのはテングさんだったのね」
アヤは初めて聞いたテングの声に驚くこともなくすぐに答えた。
「カラだ」
「カラ、ていうのね」
「川沿いは歩くな。そこで昔流された子どもがいる」
「そう。でも私は目が見えないから。川の音は頼りになるの。これからはもうすこし離れるわ」
「目が見えないのか」
「ええ」
カラは今日初めてそのことを知った。アヤは目を閉じていることが多いとは思ったが、まさか自分に気づいているのに見えていないとは思わなかったのだ。
「目が見えないのになんで俺がここにいるとわかったんだ」
「だって松の香りの中に誰かの匂いが混ざってるんだもの。テングさんが住んでるってことは聞いていたからきっとそうだと思ったの」
それからと言うもののカラとアヤはよく話すようになった。
おいしい栗が取れるところ。村人が知らないたくさん魚のとれるところ。山の西側を飛んでいると見える鏡のような湖。鹿の集まる草原……。カラは自分が知っていることをなんでもアヤに教えた。
アヤはカラの話を本当に楽しそうに聞いた。
ある日のこと。大雨が降った次の日、川の水かさが増えていた。
カラは今日もアヤが来るだろうと思い、みずみずしく新鮮な風に羽を乗せ待っていた。
しばらく気ままに飛んでいると丘の向こうにアヤの姿が見えた。
今日は川の近くを歩いていなかった。水かさが増えていて音でわかるのだろう。カラは安心して三本松へと飛んで行った。
アヤはそんなカラのことに気づかず、三本松へと向かって歩いていく。
ごうごう。
川の水かさが増え、いつもより川の流れの音が大きかった。
ぴぴぴぴぴっ……。
足元で鳥の鳴き声。
「あら?どうしたの」
聞こえるところに手を伸ばすと小鳥がいた。鳴き声が手のひらに響き、羽毛のやわらかい身体は手の中でもぞもぞとくすぐったい動きをした。落ちないようにやさしく両手で包みこむ。
「足を怪我してしまったのね。あっ」
小鳥はすこしだけ羽ばたき、するりと手のひらから逃げてしまった。
「あっ、そっちはだめ……」
小鳥が逃げた方向は水かさの増した川の方だった……。
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