1章 駅 (その1)≪改訂.2014.4.8.≫

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 雨上がりの朝だった。季節は梅雨(つゆ)に入っていた。  道沿(みちぞ)いの家の庭に咲く紫陽花(あじさい)は、どこかショパンの幻想即興(そっきょう)曲を想(おも)わせ、色とりどりに咲いている。 「韮崎(にらさき)は空気が新鮮だよね。空気がうまいよ。つい、深呼吸したくなる。山とかに、緑が多いせいかね」  駅へ向かう線路沿いの道をゆっくりと歩きながら、純(じゅん)は信也(しんや)に、そういった。 「きのうから純は同じことをいっているね。 でもやっぱり、東京とは空気が違うよね。 それだけ、ここは田舎(いなか)ってことじゃないの。 人もクルマも全然(ぜんぜん)少ないんだし」  ふたりは声を出してわらった。  ふたりは今年の3月に東京の早瀬田(わせだ)大学を卒業した。信也は平成2年1990年2月23日生まれの22歳、純は平成元年1989年4月3日生まれの23歳で、正確には1年近い歳(とし)の差があった。  小学校の入学の歳(とし)は、4月1日以前と2日以後に区切られるため、信也はいわゆる早生(はやう)まれで、小学校の入学から大学までふたりの学年は同じである。  信也は卒業後、この土地、韮崎市にある実家に帰って、クルマで10分ほどの距離にある会社に就職した。  ふたりは大学で4人組のロックバンドをやっていた。  ビートルズとかをコピーしていた。オリジナルの歌も作っていた。まあまあ順調に楽しんいたのだけど、卒業と同時に仲間はバラバラになって活動はできなくなってしまった。  新宿行(ゆ)き、特急スーパーあずさ6号の、到着時刻の9時1分までは、まだ30分以上あった。
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