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その日の夜は雪が降っていた。
月光に照らされながら、チロチロと空から舞い降りて来る様は妖精のように美しかった。
僕はその光景を見て、産まれて初めて感動と言うものを覚えた。
暗く静まり返った閉鎖された世界しか知らなかった僕には、初めて見る“世界”と言うものはとても美しいものだった。
でも、それを見たからと言って自分の存在が変わるわけではない。
全てに恨まれ、憎まれ、疎まれ、蔑まれた。
人にも、世界にも拒絶され、自分が酷く醜く汚い存在だと思わされた。
いや、正しくその通りだったのかもしれない。
自分が真に醜い存在なのかそうでないのか、そんなことは僕にとってどうでも良かった。
死にたい。
切に願った。
世界には僕が想像してきた以上に美しいものが溢れていると知ったが、僕は疲れきっていた。
もうこれ以上苦しいことを受けなければならないのならば、どうかこのまま、
「早く死なせてよ。
もう、どうでも良いから」
心からの願いだったのだが、僕のその呟きはどこか空虚だった。
空を舞う雪のように、ふわふわと辺りを漂うのが見えたような気がした。
目を瞑ろう。
そしてこのまま、全て流れに身を任せよう。
そして、消えてしまおう。
「あら、諦めるの?
いいえ、違うわね。
逃げる、と言った方が正しいわね」
女の子の声が響いた。
ここは野外なのにも関わらず、まるでどこかの音楽ホールにでもいるかのように、その声は響いた。
鈴を転がしたような美しい声はいつまでも僕の耳に残った。
僕は動かぬ体に鞭を打ち、引き寄せられるように声の主を見る。
目を奪われた。
風に靡く銀糸のように滑らかで、艶やかな髪は流美でこれ以上無いほどに美しい。
人形のような顔は、異常と言ってもおかしくないほどに整っている。
陶器のように滑らかな肌は、雪空の下では病的なまでに白く美しい。
少女は腰を曲げ、僕に手を差し伸べた。
「さあ、選びなさい。
ここで無様に野垂れ死ぬのか、はたまた生きてこの先を私と共に見るか」
その手は希望に溢れていて、僕の中の闇を、恐怖を振り払ってくれる。
「キミは一体誰なの?」
少女は月光のように優しく、湖のように落ち着いた声で唄うように言う。
「私はーーー」
これが、彼女と僕の出合い。
大きな偶然と小さな奇跡により、僕らが初めて出会ったときのことだ。
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