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軽い読み合わせと着替えを済ませ、上映時間が迫った俺達は体育館の緞帳の後ろへと移動していた。今は俺達の前にダンスパフォーマンスをしている1年生のステージ真っ只中。体育館特有の木と埃の匂い、スマホのライトで照らさないと台本も見えない薄暗さ、そして声もかき消す大音響。いつもの喧噪に包まれる体育館のそれとは違う雰囲気に俺達も少し浮足立つというものだった。
「はは…流石に緊張してきたんじゃねーのか、山本よぉ」
「やめろ話しかけるな、折角覚えた台詞が脳からこぼれ落ちるだろうが!」
「いっぱいいっぱいで緊張どころじゃねーか。お前といいメアリーさんといい、やっぱ主役所は違うな」
篠原が煽るように言ってくるので、俺はメアリーに目を遣る。そこには、中世の貴婦人が肖像画から飛び出して来たかのように美しい佇まいの美少女がいた。小晴を筆頭とした手芸部渾身の一着である、ベージュに白のフリルが華やかなボリューム感あるドレス。ご丁寧にコルセットまで付けていて、メアリーの胸が強調されていて思わず心臓が跳ねる。
だが、それでも本人はどこか上の空という感じだった。元よりはしゃぐタイプではないが、明らかに元気がない。具合でも悪いのだろうか。
「…おい、メアリー?大丈夫か?」
「はい。お気遣いなく。私よりも自分の台詞を心配した方が良いかと」
「釣れないな」
「冗談です。貴方が必死に読み込んで来たのは他ならぬ私が知っています。本番、楽しみにしていますね」
暗がりで微笑を浮かべながら答えるメアリー。金髪碧眼でドレスを纏った姿で、まるで本物のジュリエットに語りかけられたようだった。
しかし、それでも瞳の奥は少しだけ寂しそうだった。どうしてそんな目で、そんな事を言うんだ。そんな思いが喉を突きかけた瞬間、万雷の拍手が体育館に響き渡った。
「うむ、後輩ながらナイスパフォーマンス。相手にとって不足なしってやつだね」
白いつけ髭をいじりながらそう漏らすのは小晴だった。紫色の神父服に身を包み、威厳を表現した髭がよく目立つ。こいつなりのロレンス司祭像なのだろう。
「さあ、今までの練習の成果を見せる時が来た!長かったような短かったような、そこは人それぞれとしてだ。ボクの見てる所でも、そうじゃない所でも必死に練習してきたのは最早覇気で理解るねッ!多少台詞トチっても気にしないで、とにかく楽しもうじゃないの!」
小晴の鼓舞が舞台袖に響き渡る。クラスメイト全員の胸が熱くなり、思わず拍手を送っていた。
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