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〜*〜
ロミオとジュリエットにおいて、実は二人の出番は初めからある訳ではなく、最初は両家の従者達の小競り合いから始まる。そこから両家の不仲を言葉なく巧みに説明してみせるのだ。饒舌なジョークと派手な剣撃で観客を温まらせたところで舞台は暗転し、ロミオとその友人・ベンヴォーリオの掛け合いが始まる。俺は跳ね上がる心臓を抑えながら、その瞬間を確認して歩き出す。心なしか、舞台の上のベンヴォーリオが目線で手招きしているようだった。
「やあロミオ、おはよう。午前9時に何の用だい?」
「もうそんな時間なのか。はあ、気持が重い時は時間が経つのが遅いもんだな。ところで今立ち去ったのは僕の父上に見えたような」
「そうだが、何が悲しくて時間がノロマだと言ったんだ?」
「手に入らぬ物があったからさ」
「さては…恋をしているな?それもつれない恋を」
からかうように言うベンヴォーリオ。その自然な演技は俺でも感心するほどだ。今からでも演劇部に加入するべきだろう。
だが、俺だって主役のために本気で台詞を覚えたのだ。俺の本気を見せてやる。そう密かに魂を燃やして、次の台詞を紡ぎ出す。
「ああつれないのだ。いつも目隠しされてるくせにサッと的を射抜いてみせる、それが恋というもんだ。
ところでこの有様はどういうことだ?いや実は知っているんだけどな。確かにこの騒ぎは恨みから生じたものだが、実は恋とも深い関係がある。とすれば、ここにあるのは憎たらしい愛であり、愛らしい憎しみだ!まるで無から生まれた有のように、重々しい軽快さのように、真摯な浮かれ心のようにな。見た目はいいがその実は無残なる混沌!まるで鉛の羽のように、輝く煙のように、凍てつく炎のように、絶えず醒めてる眠りのように!…つまるところまるで自分であり自分でないようなもの。僕の恋はそんなものさ、恋して恋されぬ恋なのさ!笑いたければ笑うがいい!」
「笑うどころか泣きたいくらいだよ。君のしおらしい心の苦しみを」
俺を知る友人たちが、客席で驚いているように見えた。ここまで喋る俺など見たことがないだろう。そんな余裕を感じながら、俺は続ける。
「それは御免だ、友情の押し付けじゃあるまいし。僕自身の苦しみで胸が押し潰れそうだというのに、そこで君まで涙を押し付けてきたら余計に悲しくなってくる。恋とは青息吐息の塊でできる煙のようなもので、それが吹き払われたら燦然たる火花が恋人たちの瞳に輝くかもしれん。だがそれが堰かれると、嘆きの涙で荒れ狂う大海原になってしまうのだ。僕の恋とはそんなものさ。そんな訳で僕は行く、僕はただの迷子、僕は最早ロミオじゃない。あいつはどこかで野垂れ死んでいるはずさ!」
「真面目に答えろよ、君にそこまで言わせる相手は誰なんだ?」
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