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「苦しみに喘ぐ僕に答えろと?」
「そうだよ」
「名前はロザライン。とにかく美人だが、知恵は女神ダイアナのように賢く、身持ちの硬さは鎧のごとし。僕の睦言も色目も金も、何も効果がなかった。まるで節約しているつもりで大出費をしているのと同じことさ。いくら美貌を持っていても操を守ったまま死んでしまえば自殺をするのと変わりない。おかげで僕は絶望に瀕している。男に恋なんてしないと誓ったあの子のために、今僕はこうして君に愚痴をこぼしてるって訳さ…」
「いいことを教えてやろう。そんな女は忘れてしまえ。他の数多の美人を見ればいい」
「そんなことしてもあの子のことを思い出すだけだろうに。…だが、君がそこまで言うなら見せてもらおうじゃないか、絶世の美女ってやつを。見せられたところでその美しさは、絶世の美女とやらを遥かにしのぐあの絶世の美女を思い出すよすがにしかならんだろうけどな」
「友人として、恋の道ってのを教えてやる。死んでもその責任を果たそうじゃあないか」
ベンヴォーリオはそう言うと、俺の肩を組んで舞台袖へと向かった。体が幕に隠れた後で、俺は全身に汗が吹き出すのを感じた。羞恥と達成感をまぜこぜにしたような感覚に襲われた。そんな俺を真っ先に迎えたのは、神父服に身を包んだ柴田だった。手には丸められた台本が握りしめられ、空いた掌の上に強かに打ち付けられている。
「やあ、お見事ヤマさん!円山君も完璧だ、その調子で頼むよっ」
「おう、まあ初めはこんな所か」
「またまたカッコつけちゃって。少し目が泳いでたよ?」
「か、観客席に目をやっただけだが?」
「そういうことにしておくよ。…ささ、もうすぐ次の場面だ。メリーちゃんの出番もすぐだから、まあ楽しんできな!」
「わかったぜ。やるぞ、山本!」
「言われなくとも!ついてこい、円山ッ!」
二人で鼓舞するように舞台へ向かう。そして続きを演じ始めた。
「――まだわからんのか。目が回れば逆の方に回れば治るのと同じ事だ。君もその目に何か新しい病をうつしてもらえばいい。古い病の激しい毒も打ち消されていくはずさ」
「そんなもの、例のオオバコの葉で沢山だ。脛の傷につけるのにはね」
「ロミオ、まさかおかしくなっちまったんじゃないだろうな?」
「おかしくはなってないよ。ただ雁字搦めに縛り上げられているだけさ。…さ、キャピュレット家の晩餐会とやらに行ってみようじゃないか」
俺は諳んじながら、脳裏に残るメアリーを思い浮かべる。この時のロミオはジュリエットのことをまだ知らない。なのに俺や後世の人間は顛末を知っている。なんとも奇妙な心持ちになるのだった。
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