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「申し訳御座いんせん。」
慌てて彼の側に行く。
だが、不思議な感覚に苛まれてしまう。
一体何故だろう…?
今まで一度もこんな事は無かった。
彼に近付くと、鼓動が速くなる。
自分の鼓動が耳に響いて五月蝿い。
「…どうした?」
少々困ったようを見つめている。
そんな瞳で見られては我儕の心の臓が持たない…。
「…いえ…何でもありんせん…
気にしないでおくんれなんし。」
そう応えたが、喉が震えて上手く声が出せない。
自分の顔がみるみる紅潮していくのも分かる。
それを悟られまいと思わず目を逸らした。
すると、ふうっと小さな溜め息が聞こえた…
と同時に顔を上げると、旦那さんの顔が目の前に合った。
額と額がくっつきそうな程に近い。
そして、彼のしなやかな手が我儕の顎をクイと持ち上げた。
「!?」
また、彼と目が合った。
今度は逃れられない。
頭の中が真っ白になる。
どうしようかと考えをぐるぐると巡らせた。
しかし、そんな我儕をよそに、彼は口元にフッと笑みを浮かべた。
「やっとまともにこっちを向いたな。」
そう言うと、顎から手が離れていく。
「…あ。」
無理やり彼の方を向かされて、向かい合う形になってしまった。
まだドキドキと鼓動が聞こえる。
暫くの沈黙。
そして漸く、お互いに口を開いた。
「お前は花房の代わりに来たんだろう?
さっきは、いきなりあんな事をして悪かったな。」
「いいえ。謝らなければならないのは、我儕の方でありんす。旦那さんを前にして、初めて緊張してしまいんした…。」
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