ある魔導士の記憶

5/15
前へ
/21ページ
次へ
 彼の子供たちもそれなりに大きくなったある日、彼は突如王位を王子に譲り、魔女にまだ幼いと言ってもいい若い王を支えるよう言った。  そして自らは、彼女と一緒に、遠く孤立した古城へと隠居した。  国の傾きを止めるにはもはや、もう王と王妃が玉座を離れ隠居するくらいしか方法はなかった。  でなければ王妃を追放するか、はたまた死刑にするか、最悪、彼も死刑にされるか。  彼は胸を痛めながら、彼女を手放す事も考えたが、彼女が泣いてすがるので、それもできなくなってしまった。  かといって、想いを理解される前に死なせるつもりも、死ぬつもりもない彼は、隠居を選んだのだ。  隠居しても、彼女の嫉妬は収まる事がなかった。  むしろ、手放そうとした一件で、嫉妬と呼ぶには温いまでになっていった。  今度は少し敷地内の庭へ散歩に出るだけで、彼は浮気を疑われるようになった。  彼は彼女と結婚して以来、彼女以外に目移りした事などないのに。  彼は散歩にすら出なくなってしまった。  そうしたら今度は、お世話に付いた召し使いの女たちに嫉妬した。  隠居先の城には、女の召し使いもいなくなった。  魔女が心配になって、久々に会いに行くと、辛く当たられた彼女たちには悪いが、酷く愛されたものだと彼は嬉しそうに、けれど複雑そうに笑っていた。  次は魔女と久々に少しだけ会った事さえ嫉妬された。  彼は部屋から出ずに、彼女や家族と以外、誰とも会わなくなった。  外とのやり取りは、手紙でやるようになった。  しかし、ついには手紙さえ彼女が阻むようになり、彼は手紙すら書かなくなった。  
/21ページ

最初のコメントを投稿しよう!

8人が本棚に入れています
本棚に追加