テノール

12/16
前へ
/2447ページ
次へ
その後、彼の言葉に甘えて、当時バイトをしていたキャバクラの前まで送って貰った。 俊介は店の目映い看板に目を細める。 『ここで働いてるの?』 『ええ、寄っていきます?お礼にサービスしますよ』 『いや、自分はこうゆう所は苦手で……』 『そうですか……わざわざ送って頂いたのに、お礼も出来ないなんて……』 『いや、いいんだ。じゃあ僕は行くよ』 背を向けて歩き出す俊介。 理香子はその背中を見送っていたが、突然何かを思い付き彼を呼び止めた。 俊介が不思議そうに振り返る。 『あの、私昼間は市ヶ谷の花屋で働いてるんです』 『市ヶ谷の花屋?』 『はい、市ヶ谷駅前の花屋です。 今度、もし暇があったらでいいんですが、日曜日もやってますから来て下さいませんか?』 『君の仕事場に、なぜ?』 『花を……今日のお礼に花をプレゼントさせて欲しいんです』 『花、僕に?』 『はい、あの……ごめんなさい。 私バカだから、こんな事しか思い浮かばなくて……』 まともに目を合わせる事が急に恥ずかしくなり、理香子は俯いてしまう。 俊介は、そんな彼女を見てニコリと笑った。
/2447ページ

最初のコメントを投稿しよう!

499人が本棚に入れています
本棚に追加