499人が本棚に入れています
本棚に追加
「それは嘘よ」
「嘘?」
「だって私はあの後、自分とすれ違ったグレーのシャツの男、全てに声を掛けたのよ。
本当にすれ違っていたら貴方と逢っていたはずだわ」
「全て?全てねぇ~」
にわかに笑いを含んだような桜井の声。
彼女は眉を潜める。
「何よ?」
「いや、あんたが声を掛けてる隙に、何人グレーのシャツを着た男が通り過ぎたかなと思ってね」
理香子は思わず立ち上がった。
「そんなはずないわ!私は確かに……」
「確かに?」
桜井の問いかけに、彼女の口は、そこから先の言葉を失ってしまう。
本当に全てに声を掛けたのか、急に自信が無くなってしまったのだ。
「奥さん、基本的にあんたはトロイ。そんなんじゃ俺を見つけるのは無理だ」
瞬間、彼女の喉がグッと鳴った。
――そんなこと
そんなこと、言われなくても解ってる!
だけど……だけどね!
「それでも、どうしてもお金を取り戻さないといけないのよ、私はっ!!」
理香子の突然の大声に、周囲の人間が振り返る。
最初のコメントを投稿しよう!