テノール

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俊介が理香子の働いている花屋を訪ねたのは、翌週、日曜日の夕方である。 『これ、お礼です』 彼女は両手いっぱいに広がった向日葵の花束を渡す。 だが、彼は困り顔を浮かべた。 『嬉しいけど、これを持って一人で電車に乗って帰るのは恥ずかしいよ』 『あっ、ごめんなさい!私ったらそんな事も考えずに……』 『いや、いいんだが……。そうだ、君、仕事終わるの何時?今日、夜のバイトあるの?』 『店は18時までです。夜のバイト、今日はお休みなんです』 『そうか』 俊介は腕時計に視線を落としてから顔を上げた。 『後10分だ。 じゃあ僕は、向かい側の喫茶店で君を待ってる事にするよ』 『えっ?』 目を丸くする理香子。 『なぜです?』 『なぜって、言ったろ?こんな大きな花束抱えてちゃ一人で帰れないって……君が責任を持って花を家まで運んでくれ』 『えぇ――ッ!!』 『問答無用だ。じゃあ、待ってるから!』 そう言うと、俊介は理香子に片手を振る。 そんな彼のもう一方の腕内では、黄色い花弁がニコニコと笑いながら揺れていた。 その後、渋々と待ち合わせの喫茶店扉の鈴を鳴らすと、窓際の席で本を読んでいる彼が視界に映った。
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