テノール

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━━━━━━━━━ 「いやあ~、ハルが応対すると売り上げ倍増だよ!」 理香子との通話を切ると同時に、上司の井上康夫(イノウエヤスオ)(五十二歳)がハルに話しかける。 上司と言っても、ここは井上の自宅。 築二十年程のマンションの一室だ。 足の踏み場も無い程、テーブルと床に散乱するコンビニ弁当やペットボトルの残骸。 クシャクシャに丸められた競艇や競馬新聞などもある。 奥の和室では井上の一人娘、(カエデ)(五歳)が妙な奇声をあげて走り回っていた。 「おい、電話に楓の声が入ったらまずいだろ! 黙らせろっ!!」 軽く舌を打ってから井上が怒鳴る。 妻の亜紀(アキ)(四十歳)が所々穴のあいた襖を開いた。 「そんな事言ったって、あたしだってこれから出勤なんだよ!」 パフで念入りに顔を叩いている。 「ケッ、安月給のホステスが……」 唾と一緒に吐き捨てる井上にカチンッときた亜紀は、床に転がっている木製のティッシュケースを投げつけた。 テッシュケースは井上の肩にあたり、真っ二つに割れてギャンブル誌の上に落ちる。 「はんっ!誰のせいでこんな風になったと思ってんだいっ!!」 「何だとっ!!」 ステテコ一丁で立ち上がる井上。
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