第六章 主役は町へ赴き、カラスが祓われそうになる

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 左、肩にとまろうとしていた黒羽に向かって、何かが“走った”。  耳元で大気が蠢き、裂け、弾ける音がする。  その奇妙な音は鼓膜を震わせ、頬の筋肉を震わせ、一瞬だけ息をすることを忘れさせた。  そう感じた取った時には、左肩への意味不明な衝撃により地面から足が離れ、受け身も取れず、背中から落ちる。  そこで漸く、攻撃されたのだと認識する。  だが、どうしてか。結城の脳内で疑問と焦燥感がもやもやと蠢く。  すぐに起き上がろうとする。が、起き上がれない。  力が入らない違和感から、指先に目をやると痙攣しているのか、独りでに震えていた。それが、また不安を増長させる。  一方、それを回避した黒羽は、地面に着地すると同時に人の形へと姿を変える。  いつものアンニュイな笑みを浮かべる顔には、冷や汗。  頬には、一筋の赤い線。  初めて見る、只の攻撃では傷つくことのない彼の、かすり傷程度ではあるが、負傷。  人ならば通常であるそれが示すのは、異常。  そんな異常をもたらした人物。結城は混乱しながらも視線を移す。  目に飛び込んできたのは、Tシャツの上に羽織った、青空に雷雲という違和感のある派手なシャツ。ハーフパンツの上から巻き付けられた、朱い布。  所々地毛であろう明るい茶がのぞく、人工的な金髪の少年。  格好だけ述べれば、派手なチンピラ。だが不快感や荒々しさは感じられず、雰囲気は寧ろ清々しい。  先程からの焦燥感や不安が一気に薄まってしまった。  両手には木の棒。あれは、太鼓の(ばち)か。  垂れた目の眼光は鋭く、黒羽には劣るも、射すくめられるような強さを持つ。  ただ、その紫色の瞳は、頭一つ分は違う背丈の差のせいか、黒羽を見上げる形になっているのだが。  青い空、混合文化という言葉の似合う街並み。止まった通行人の足。叩くものもないのに枹を構える金髪の男。頬から血と思われる赤い液体を流す使い魔。  背中には固い地面の感覚、脳内には『ありえない』の5文字。  結城には、目の前で起こる事件を呆然と眺め、通行人同様、2人のやり取りを見守るしかなかった。
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