第六章 主役は町へ赴き、カラスが祓われそうになる

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「――命散れども雲散せず、留まらんとすこと多にあり。散らぬ魂魄、雲煙となして空へと渡すべし……――」  少年が何か唱え始める。否、呟くと言った方が正しいかもしれない。  すると、枹の持ち手側、そこから一直線上の景色が揺らいだ。そして、時々そこを伝い、小さな青白い稲妻の様なものが走る。  先程鼓膜を震わせた奇妙な音が、小さくそこから聞こえた。どうやら、先程の原因はアレであるらしい。  身体が動かないのは、しびれや麻痺の類か。  結城は気付かぬ間に今の状態になったことに、若干の恐れを感じつつも納得する。  とにかく、枹の先の空間、雷を帯びたあの場所に、見えない何かがある。それだけはわかった。  黒羽の頬の皮膚をさき、結城を突き飛ばした何かが。  だが、不思議なことに、それを目の前にして恐怖心が芽生えなかった。  寧ろ、なにか大自然の中に身を置いたときのような、感動の類の溜め息をごく自然に吐きそうになったのである。 「………分かりやすくていいじゃねェか」  戦闘体勢をとった少年を見、黒羽はニヤリと笑い、腰を落とし、両腕を広げる。  その手の甲から腕にかけて、黒い羽根が肌を突き破るように生え、刃物のように光沢を持ったモノと変わる。  頬骨辺りからも腕に生えたそれよりも小さなものが突き出、癖の強い黒髪は逆立った。  赤い瞳に灯った光が不気味に揺らめく。  観衆がざわつき、小さく悲鳴が上がった。  彼らの反応はもっともだ。と結城は思う。  目の前の黒羽の姿は悪魔や、悪霊のように恐れられてもしょうがない姿。  そのものと言われても、頷ける。 「――……なり。神より借る力を以て彼者を祓わん――」  少年は唱え終え、長く息を吐く。  景色の揺らぎは狭まり、見えない2線は鋭利な刃物を彷彿とさせた。逆手の二刀流、そんな雰囲気である。  2線を確認し、彼は再度黒羽を見据えた。  謀ったかのように、小道に風が吹き込む。
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