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少女は顔を上げ、笑顔を観衆に向けた。
「ありがとうございます。演劇『魔王の娘』の一部をお届けいたしました。お騒がせいたしましたことをおわび申し上げます。
さて、楽しんでいただけたでしょうか?」
少女が言うと、観衆からまばらに拍手が起こる。訳も分からず、という雰囲気で。
関係者である結城でさえ、状況が飲み込めない。
どんな話だ。
などと無駄なことは考えていたが。
「ありがとうございます。私たち学園シリウス演劇部は、皆様に笑顔をお届するために、日々練習に励んでおります。
次にあります学園祭でも、これに劣らない演技を皆様にお見せできると思います。ぜひ、学園祭へお越しください。
お付き合いいただき、本当にありがとうございました」
少女はもう一度、深々とお辞儀をする。
観衆が戸惑いの笑顔と拍手を控え目に贈る。
そして、一部は倒れて動かない少年を心配そうに見つめ、一部なぜか「またか」とでも言いたげな表情を浮かべ、各自思い思いの方向へ去って行った。
徐々にせき止められた人の波が元通りになる。
倒れて動かない人間が居るため、事情を知らない通行人が時折視線をこちらへ向けた。
少女は息を吐いてから振り返る。
倒れて気を失う少年と、なんともない黒羽を見て肩をすくめた。そして、だいぶ動けるようになり、上体を起こした結城へ歩み寄り、手を差し出す。
「あ、どうも……」
結城はその華奢な手をとり、片手をレンガ造りの壁に置き、そろそろと腰を上げる。
結城は同い年ぐらいの彼女をちらりと見る。
長いまつげ、意志の強さを感じる大きな瞳。
背丈は結城より低く、おそらく少年より高い。
そして、赤。先程から気になっていたのだが、自然に出るような髪色ではない。異世界だから、と納得していいものなのか、どうなのか。
気付けば結城は、低い位置で2つに束ねられた髪、彼女の頭をまじまじと見ていた。
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