第六章 主役は町へ赴き、カラスが祓われそうになる

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 九条との間に少し空間を置き、アンダーソンが座った。カウンターにはコーヒーと、チーズとパンの乗った皿。  店の中のはずなのだが、問題はない。  開店には2時間ある上に、気まぐれ営業なため、今日店を開けるか否かも分からないのだから。 「レーナさんはサスティ様のお宅に里帰り。ドゥは、今日は起きませんし……。店は開けずに、情報でも仕入れてきましょうかね」  そう、こんな様に。  経営は大丈夫なのかと思うのだが、そもそも情報の単価は高い。考えるだけ無駄というやつである。  服や手に付いたパンくずを払い、思い出したようにアンダーソンは口を開く。 「そういえば、あの女性……なんとおっしゃいましたっけ、あの少々間の抜けた可愛らしい、貴方の――」 「ミカのことですか」  瞬時に九条の脳裏に浮かんだ、夕焼けに見る橙の髪。口にするかを検討する間もなく、その名前が口から飛び出てしまった。  九条は、眉をひそめる。  それを見、アンダーソンはカップを片手にニヤリと笑う。 「おや、これから幼馴染と申し上げる予定だったのですが。 これだけでお分かりになるとは、お若いながらも貴方の人生で女性と言えば、思い当たるお方は数多におられるでしょうに」  貴方も、まだまだですね。と、アンダーソンカップに口をつけた。 「……やめてくれませんかね」 「なんのことやら。そのお嬢さん、シリウスの受付嬢になったそうではありませんか」 「らしいですね」  九条は先日のやりとりを思い出し、ため息をつく。  本当に彼女はどういうつもりなのか。  可能性としては……まあ、考えたくはない方向で色々とあるのだが。 「彼女の変身術は素晴らしいですから、貴方も見破るのは困難なのでしょう?」  カップを置き、肘をつき「どうです」なんて自慢顔でアンダーソン。  九条はそれを一瞥し、紙に視線を戻した。
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