758人が本棚に入れています
本棚に追加
「ゔっ……」
瞬間、結城は異常な寒気に襲われる。
足の先から頭まで、何か冷たいものが這い回るような。
足がそれ以上踏み出すことを拒否し、動かない。
全身がそれに支配され、崩れ落ちそうになる。
恐怖や単純なものじゃない。もちろん、それも混じってはいるが、違うものである。威圧やらともまた違う。
これは何だ、結城は混乱する。
しかし、こんな時でも、鼻粘膜は刺激に弱いわけで。
「ックシ! ……あれ?」
思いがけず結城は呪縛から解放されてしまった。離れなかった視線からも。
いやはや、空気の読めない鼻である。
隣でカラスは「ぷっ」と吹き出す。
結城はそのカラスを一度睨み、入る。
窓から入る日光のみで照らされた、少々埃っぽいものの、整頓された廊下とは違い明るい部屋。
その部屋の一角、窓際。
そこには大きな机と高級そうな椅子。
腰をかけるのは、女性。
結城は息を飲んだ。
絹糸のように柔らかそうな、白く手入れの行き届いた長い髪。
閉じられた瞳。長い睫毛。通った鼻筋。紅く柔らかそうな唇。
そこに居たのは、荒々しいなどという単語には程遠い、貴婦人であった。
先ほどの声と口調の持ち主だとは到底思えない。
その横に佇むのは、黒いシャツにスーツのようなパンツをビシッと着こなす彫りの深い男。肌の色は褐色で、刈り上げられた頭には剃り込みが入っていた。表情は動かず、仏頂面。恐怖を抱かせるような風貌。
こちらは、想像以上であるが、声の印象と違わない。
結城と黒羽が部屋に入ったのを確認すると、九条は口を開いた。
「シリウス魔法戦闘専門科1年目九条キリヤ、アンダードッグへの依頼引き継ぎ並びに、《異界の旅人》その使い魔の報告のため、参上しました」
女性は目をつぶったままそれを聞き、頷いた。
そして、結城たちに顔を向ける。
最初のコメントを投稿しよう!