第一章 物語は走りだし、主役は逃走する

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 結城は驚いた。先にいっておこう、音にではない。  結城は音が響く前に落ちていた。突然現れた穴に。  何の準備もしていなかった彼は、空を踏むというなんとも間抜けな恰好で、重力に従って為すがまま。  結城は落ちる。どこまでも、どこまで……「って!!」  どこまでも。なんてこともなく、1メートル程で結城は止まった。  蹄が地面を蹴る音がすぐ近くまで聞こえる。だがおかしい、速度を緩める気配が一向にない。 「待てこらあー!!」    彼らは、通りすぎていった。結城の上を走り抜けて。  「……え?」  遠ざかる蹄の音と男たちの声を耳にしながら、目の前で起こったことと、自らの目を疑った。    言い直すならば、馬は走り抜けたのだ。  結城が落ちた穴の上を、ガラス張りの床を走るかのように、穴なんてないかのように。 「うぇっ?」  だが、結城にそんなことを考えている暇はなかったのだ。 「今度は……なんだよ! 気持ちわりぃ」  何かが体に巻き付くような感覚に、結城は跳ね起きようとし、失敗に終わる。  見ると、墨のような色をしたスライム状の物体が、結城を飲み込まんとしているところだった。  既に埋まった足はびくともしない。  その隙に黒いソレは、結城を飲み込みながらその身体を這い上がっていく。 「離れろっ! ……っ……?!」  なんとか振り払おうとするも、叶わず。  皮膚に触れた瞬間、黒いソレは熱を帯び始める。  風呂に浸かった時のように、だが適温に程遠い熱さそのせいで、一気に血が沸く。    痒いというものではない、もはや痛い。  純粋な汗とも、冷や汗ともとれる水分が、辛うじて空気に触れている皮膚から噴き出す。
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