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結城は驚いた。先にいっておこう、音にではない。
結城は音が響く前に落ちていた。突然現れた穴に。
何の準備もしていなかった彼は、空を踏むというなんとも間抜けな恰好で、重力に従って為すがまま。
結城は落ちる。どこまでも、どこまで……「って!!」
どこまでも。なんてこともなく、1メートル程で結城は止まった。
蹄が地面を蹴る音がすぐ近くまで聞こえる。だがおかしい、速度を緩める気配が一向にない。
「待てこらあー!!」
彼らは、通りすぎていった。結城の上を走り抜けて。
「……え?」
遠ざかる蹄の音と男たちの声を耳にしながら、目の前で起こったことと、自らの目を疑った。
言い直すならば、馬は走り抜けたのだ。
結城が落ちた穴の上を、ガラス張りの床を走るかのように、穴なんてないかのように。
「うぇっ?」
だが、結城にそんなことを考えている暇はなかったのだ。
「今度は……なんだよ! 気持ちわりぃ」
何かが体に巻き付くような感覚に、結城は跳ね起きようとし、失敗に終わる。
見ると、墨のような色をしたスライム状の物体が、結城を飲み込まんとしているところだった。
既に埋まった足はびくともしない。
その隙に黒いソレは、結城を飲み込みながらその身体を這い上がっていく。
「離れろっ! ……っ……?!」
なんとか振り払おうとするも、叶わず。
皮膚に触れた瞬間、黒いソレは熱を帯び始める。
風呂に浸かった時のように、だが適温に程遠い熱さそのせいで、一気に血が沸く。
痒いというものではない、もはや痛い。
純粋な汗とも、冷や汗ともとれる水分が、辛うじて空気に触れている皮膚から噴き出す。
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