第九章 英雄は懐古し、青年は夢を見る

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「そっか」  ミカはほっと呟くように言う。 「とりあえず、お前はしばらく大人しくしていろよ?」  くぎを刺す。彼女は普段はぼんやりしているのに、いざというときの行動力に富んでいる。  間が抜けているのは、やはり抜けているのだ。  だから、放っておけない。 「うん。分かってる」  頷く。と、口に手を当て、何か思案し始めた。 「どうした?」  九条は眉をひそめる。 「うん」  彼女はもう一度頷き、意を決したように一歩近づいた。  九条の手のひらが、彼女の体温に柔らかく包まれる。  突然の出来事に九条は困惑し、彼女は包んだ手をしばらく見つめた。  やがて小さく笑みをこぼし、彼女は静かに口を開く。 「大丈夫、キリは強いから」  風が吹く。 「……っと」  小さな混乱に、言葉が詰まる。  一方で、なんの抵抗もなく耳から入った彼女の言葉は優しく、一種の暖かさを保ったまま広がる。  なぜか、肩の力が抜けた。 「何があったのかは、わからないけれど。言いたかったの、さっきも」 「あぁ……ありがとう」  どういう表情を浮かべればいいのか決まらないまま、少し遅れて九条が締まりなく笑うと、ミカは頷いた。  フードから覗く口がほんのりと笑う。 「本当は教えてくれるとうれしいよ? でも、今はこれだけ。……じゃあ、私まだ仕事残ってるから」  するりと彼女の手が離れる。  九条は、軽快な足音を響かせて走り去るミカの背中を見送り、手のひらに残った体温を逃がさないよう拳を握った。  彼には知りたいことがある。  義父を越えるという野望がある。  だが、何よりも先にやらなければならないことがある。  失わないために。  彼とも約束したのだから。  九条は湿った空気を吸い込む。  彼女が曲がり角に消えたことを確認し、ようやくブレーメンのドアを開けた。
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