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「そっか」
ミカはほっと呟くように言う。
「とりあえず、お前はしばらく大人しくしていろよ?」
くぎを刺す。彼女は普段はぼんやりしているのに、いざというときの行動力に富んでいる。
間が抜けているのは、やはり抜けているのだ。
だから、放っておけない。
「うん。分かってる」
頷く。と、口に手を当て、何か思案し始めた。
「どうした?」
九条は眉をひそめる。
「うん」
彼女はもう一度頷き、意を決したように一歩近づいた。
九条の手のひらが、彼女の体温に柔らかく包まれる。
突然の出来事に九条は困惑し、彼女は包んだ手をしばらく見つめた。
やがて小さく笑みをこぼし、彼女は静かに口を開く。
「大丈夫、キリは強いから」
風が吹く。
「……っと」
小さな混乱に、言葉が詰まる。
一方で、なんの抵抗もなく耳から入った彼女の言葉は優しく、一種の暖かさを保ったまま広がる。
なぜか、肩の力が抜けた。
「何があったのかは、わからないけれど。言いたかったの、さっきも」
「あぁ……ありがとう」
どういう表情を浮かべればいいのか決まらないまま、少し遅れて九条が締まりなく笑うと、ミカは頷いた。
フードから覗く口がほんのりと笑う。
「本当は教えてくれるとうれしいよ? でも、今はこれだけ。……じゃあ、私まだ仕事残ってるから」
するりと彼女の手が離れる。
九条は、軽快な足音を響かせて走り去るミカの背中を見送り、手のひらに残った体温を逃がさないよう拳を握った。
彼には知りたいことがある。
義父を越えるという野望がある。
だが、何よりも先にやらなければならないことがある。
失わないために。
彼とも約束したのだから。
九条は湿った空気を吸い込む。
彼女が曲がり角に消えたことを確認し、ようやくブレーメンのドアを開けた。
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