第十三章 英雄は与え、青年は飛ぶ

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 星も瞬く静かな夜。  彼の耳元は、うるさかった。  魔法の壁に阻まれ、行き場をなくした大気がその向こうで激しく鳴る。  阻みきれなかった大気は風となり、服を波立たせる。  そして、鼓動。  夜空の中、彼は空を飛んでいた。  いや、それでは語弊がある。彼はドラゴンであるコポ、空を飛ぶ彼に乗っていた。  向かうは、オムのカラン。一宮柾の出身地であり、実家。  そこに存在するのは、わずかな可能性。  魔法を通して、先人の見た景色の断片を覗いた。信じがたかった。  壁に彫られた文字を読んだ。目を疑った。思わぬところに繋がりがあった。  鍵が落ちているかもしれない。久々に興奮した。  居ても立ってもいられなくなった彼は飛び出した。  冷静になる前に、しり込みする前に、考えを巡らせる前に。早いうちに行動を始めなければいけない。そんな気がしていたのだ。  黒い空をゆく黒い影は、速度を増す。  人には、何かが横切ったことは分かっても、それが何かは分からないだろう。  それでも、彼には遅く感じた。時が止まっているのではないかと、錯覚するほどに。  雲を静かに追い越す。背後から星が追ってくる。  彼はドラゴンの背に額をつける。  ごつごつした肌の冷たさが、頭の奥まで染みこんだ。  ドラゴンは吼える。  その声は透き通るようで荒らしく、大気を振るわせ、眼下の大地を這い、彼の耳へ山から帰った。  彼は顔を上げる。額をつけていたその場所を2度強くたたき、立ち上がった。  下に目をやれば、風に吹かれる森の木々が、不気味にうごめいている。  彼は目を細め、大きく息を吸い、飛び降りた。  飛び降りた彼を大気は包み込むように迎え入れ、優しく彼に触れた。  ゆっくりゆっくり下っていく。実際は3秒ほどで終了したそれも、今の彼には長く感じた。  彼は静かに降り立つ。  地面を確かめるようにしっかりと踏みしめ、顔を上げる。
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