第二十一章 決起する英雄の物語と過去

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  “その日”。後の世で、歴史の大きな分岐の日として様々な憶測が語られるであろうその日。シリウスのバラナル、その目立たない場所にある喫茶店『ブレーメン』には、情報屋の姿があった。  店主の淹れたコーヒーを前にした彼は、子供の姿で大人びたため息をついている。  彼について深く知るものは、少ない。  元々の情報屋は、人間と小人の血を引くただの魔族に過ぎなかった。  孤児だった彼は父親に拾われ、父親の死の直前に吸血鬼の血を引くことになったのだが――まあこの話はいいだろう。  吸血鬼とは、魔族の中では珍しい継承という儀式を経て、後天的に発生する種族である。これは、スーという学者の著作に書かれている通り。現に情報屋の父親も小人ではなく、先祖の元の種族をたどっても、そこに法則は見られない。  唯一共通していることといえば、いつの時代も空の民――魔族の主のすぐそばにいることだ。  これには彼らが自らに課している役割と、血を継ぐと同時に継ぐキオクが関係する。  キオクとは、言葉のまま過去血を継いできた吸血鬼の記憶群のことだ。見たモノ、感じたモノ、学んだコト全てを情報として継いでいく。それが、吸血鬼という生物の常なのである。  吸血鬼の血を継ぐ際に、全てのキオクが託され、継いだ者は膨大なキオクを駆使して、主を支える。  永久記憶装置のような彼に、情報屋という仕事は天職というわけだ。  とかく継いだキオクをどう使うのかは、その代の吸血鬼の勝手だ。  真実を告げるのか、隠し通すのか。全ては彼らの裁量による。
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