第二十一章 決起する英雄の物語と過去

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 情報屋も、吸血鬼が誕生した頃のキオクや、魔族同士の対立があった頃のキオク、空の民が現れた頃のキオクを持っている。  当然、スバルが消える瞬間のキオクも。  スバルが消える瞬間。キオクはスバルの首都であるリーリエンで消え去る街の中、逃げることなく最後まで眺めていた。  魔法が発動する様も、城が崩れていく様も、街の家が一瞬にして灰となった様も、しっかりと刻まれている。  そのキオクの持ち主は、情報屋の祖父にあたる男。当時外交を任されていたアンダーである。  死なないため、逃げなかったというのもあるが――。 「『我らの“(ともしび)”は還るために』」  アンダーソンは小さく呟いた。 「……なにかの合言葉ですか」店主がそれを拾う。 「誓いでございます。先祖が友と交わした」  微笑んだアンダーソンは目をつぶり、キオクをたどる。  キオクは持っていても、感情まで知ることはできない。  『彼の最期の仕事を見届けた』アンダーの日記には、“あの日”について、そう記されていた。  震える文字で。その頁のみが、よれていた。  彼らの決意が強かったことは、確かだ。  アンダーソンは目を開ける。  店主が食器を磨いている。不器用そうな武骨な手の動きは、その見た目に反して優しい。  アンダーソンが(あるじ)と慕う九条は、この店をやけに気に入っている。仕入れを援助するほどに。  偶然なのか、だとしたら不思議なめぐりあわせだ。アンダーソンは口だけで笑った。  おかげで気が付くことができた、と。
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