第二十一章 決起する英雄の物語と過去

54/54
758人が本棚に入れています
本棚に追加
/882ページ
「……魔女の話は聞かされはしましたが……なんといいますか、あの話は辛すぎる。……ただ実際は、魔女の話と『リーベルトの冒険』、その間に魔王の真実がある」 「愛し子と土地の神との関係の中にも」  店主は鍋を火にかけ、油をひいた。 「……『土地の神の魂は民の心に揺れ動き、愛し子の心は土地の神の指す道に引き寄せられる。愛し子は土地の感情に動かされてしまう』ですか」 「ええ。世の中に存在する事象には、必ず理由がございます」  アンダーソンは物憂げにため息をついた。 「本来議論されるべきは、土地の神が指す道がそれるほど、民の心が同時に同じ方向へ揺れ動いた事実。なのですがね……」  香辛料で味付けされた白身魚が、鍋に滑り込むのを眺めながら一息つき、店内を見渡す。  中心街からだいぶ離れた場所、その裏路地にある店。こじんまりとし、落ち着いた空気の漂う店だ。 九条様にも魔王殿にも、私にも、こういった場所のほうが向いている。  心で呟き、微笑む。 「それにしても、なぜ今さら私に?」  焼きあがったものをトーストにはさみながら、店主が問う。  アンダーソンはにっこりと笑う。 「しばらくここに伺うこともなくなってしまいますので、昔話をしてみたくなりました」 「それは……どう捉えれば?」 「さて? 強いて申し上げれば、3代目の想いが報われる時が近いということでしょうか」  そう言って情報屋は喫茶店の小さな窓を外に目をやり、微笑んだ。 「ほら、狼煙が上がりますよ」
/882ページ

最初のコメントを投稿しよう!