第二十四章 “その日”それぞれの約束は帰る(前半)

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――修羅の妄執――  洞窟は、偽りの空に照らされていた。 「空に上る花火。活気づく男衆。民の歓声。熱にやられて慌てふためく長ども。……いいな、祭りは」  頬杖をついた魔女は、静かに魔王に瞳を向けた。 「まさかオマエが狼煙の引き金をひくことになるとはな。……あの男がそそのかした連中を、さらにそそのかすとは」 「オーザン君は、詰めが甘いんだ」  眼鏡を押し上げた魔王は、自らの血が付いたナイフを拭う。 「潜り込んでデマの作戦と合図を仕込む。それで足並みを崩し、叩かせる。頭はあらかじめ潰しておけば……まあもともと、別のものを恨み集まった者共だ。頭を潰そうが、始まってしまえば私怨のために動く。……オマエは悪魔だ。地上で騒ぎを起こし、気付かれないうちにコチラの決着をつけるつもりだろうが、……オマエの私欲のために、一体いくつの命が犠牲になるだろうな」  ダークグレーの長い髪をかきあげる魔女の顔には、意地の悪い笑みがうかんだ。  魔王はそこに、微笑みを返した。 「よく言うよ。もともとの計画も今日だったじゃないか。オーザン君がキミを想って仕掛けた、キリヤの大切なものを全て奪う計画」  魔術学者は、魔女の望みである、“空の民に絶望を与え続ける”ことを実行しようと動いている。  彼は、魔女が6歳の青年に与えた苦痛以上の苦痛を与えようとしていた。  しかし、1人の人間が起こすには無謀な計画だ。  今の青年の大切なものたちを全て奪って捕らえるなどという計画は、この時代一国を味方につけない限り、不可能ともいえた。  実際、魔術学者の計画は綻びにまみれていた。魔王が1人で、魔術学者がつくった軍勢の足並みを崩せるほどに。  村も友人も奪われてきた青年の心境を計算に入れず、計画の無謀さが目に見えているのにも関わらず実行に移してしまうあたりが、あの魔術学者の甘さであり異常な部分だった。  それも、見返りなど期待できない魔女を相手に。 「あの男が勝手に動いたものだ。興味はない」 「そうかな? 君の支配下にある悪霊をちらほら見たけれど」 「全てをワタシが()っているわけではない」  魔女が瞳を地に逸らし、強く否定する。  魔王は肩をすくめ、眉を下げた。 「まあいいんだ。その話をするために時間を作ったわけじゃない」  小さく息を吐き、本題へと移す。
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