第二十四章 “その日”それぞれの約束は帰る(前半)

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「そうだとして、どうするというのだ」  魔女の問いに、戦いの最中に向けられた狂気を、全て受け止めてきた魔王は、どこかやりきれない表情で微笑む。 「魔族はあの日、リーリエンに遺恨を残して去った。もしかしたら、去るべきではなかったのかもしれないね」  目覚めた頃には、もう遅くはあったが、リーリエンには、消化しきれない感情が残った。魔族のものだけではない。  あの戦いで生まれた、苦悩も、悲しみも憎悪もすべてがあの地には残っていた。  そうしてそのすべてを、リーリエンに彼女に押しつけたままにした。 「あの最悪の日々が忘れられることを、君は――あの土地は恐れた。だから、君は僕があの場所に眠り始めてから、リーリエンを去ったんだよね?」  土地神の心は土地に住むものによって変わる。  それを防ぐために、時代が変わることを拒み続けるために、捨て去る原因となった空の民を憎み続けるために。  それが、最善でないと知った上でも。  誰かがそうしたのだ。 「だとしたら、僕は完全に壊さなければならないよ。君を、リーリエンに残してきた遺恨を、消し去らなければならない」  それが、無責任だといわれたとしても。 「次に生きる者たちのためにね」  魔王は閉口する。  異様に明るい洞窟には沈黙がもたらされた。  魔王のダークグレーの瞳と魔女の黄に輝く瞳が、互いの瞳の色を探るように見合うのみ。  凹凸(おうとつ)のある地面。その窪みの水が揺れる。  その長い沈黙は、魔女の笑い声が破った。 「偉そうに言うが、オマエはワタシを倒せないだろう」 「本当は、僕が君をやるべきなんだろうけれどね。 だから、呼んだんだよ――」  魔王は目をつぶり、近づく足音に微笑んだ。
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