第二十四章 “その日”それぞれの約束は帰る(前半)

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 差し出されたナイフを、英雄は受け取る。それを、指ではじき、刃を出したり畳んだりとしてみるが、折れたとは思えないほどに、結城ユウトに渡したままの状態だ。 「……修復したのか」 「くろぶを弾いたってのが引っかかってね……。こんなところで役立つとは」  青年は得意げに笑い、「返すよ、記念に」と言ってから続ける。 「それにしても、ドラゴンの住処で、元霧時雨の拠点と俺の故郷の近くにいるとは思ってなかった。灯台もと暗しだ。……まあ、今まで魔力抑えてたってのもあるけど」  苦笑して、肩をすくめる。  敵を前にしてあまりに緊張感のない、慎重に慎重を重ねる今までの青年らしくない口ぶりに、英雄は不安を覚える。 「もう、いいのか?」 「ああ、いろいろ諦めた。……ただ、さんざん利用されてきた分、全員あとで手駒にするから、覚悟はしておけよ。オヤジ」  諦めた。そういう青年の声は重荷を下ろしたようにすがすがしい。  どこか浮き世離れした印象を聴く者に与えるその声は、柔らかく洞窟の部屋を満たし、天井の空をも揺らした。  嗚呼。英雄は思わず声を漏らした。  違うのだ。緊張感がないわけではない。彼は、覚悟を決めてここへきたのだ。  もう彼は、魔族の主なのだ、と。 「ああ、それと。勝手に話を進めないでもらいたい」  青年は、また前を向く。  静かに、否、感情の読みとれない表情で青年を凝視する魔女に顔を向けた。  そうして、まるでなんの関心もないような顔で、目で、魔女の顔を見つめ、言った。 「俺は(・・)あなたを倒すつもりはない」
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