第二十四章 “その日”それぞれの約束は帰る(前半)

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――研究者の男―― 「あんたには、足りないんだよ」 足りない。  それは彼にとっては、耳慣れた言葉だった。  彼はこれまでも、言われてきた。  生みの親にも、育ての親にも、師と仰いだ魔術学者にも、恋人にも。 「もうなにもしなくていいのよ。あなたには、分からないのだろうけれど」  病床に伏した妻にも。 「あんたの元を離れてよかったよ」  そして、出来損ないで失敗作の息子にも。 「オマエの望みを叶えることなど、易いこと。だが、やるにはオマエには足らぬものがある」 「なんだろう」  そして、魔女にも。  初めて会った日のことだ。さすがに、開口一番告げられれば、興味がわいた。 「オマエでは、一生手にできないものだな」 「それは、困ったね」 「待ってやろう。オマエが欲している力は、憎いモノが持っているものだ」 「それはありがたい。ところで、キミの望みはなんなのかな? ただ単に殺したいわけじゃなさそうだけれど」 「……ヤツが、失う苦しみを味わい続けること。それが望みだ」 「かなりの苦行だね」 「オマエにわかるのか?」 「そりゃそうさ。じゃなきゃ、妻を生き返らせようなんて思わない」  沈黙を落とした魔女は、静かに、ため息をつくようにこぼした。 「オマエの望みを叶える日は、こないだろうな」 「それなら、自分で叶えるまでだよ」  眉を下げながらも内心、手には入らないならば要らないものだと、魔女のいう、“一生手にできないもの”を、研究者は聞き出そうとも思わなかった。
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