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――研究者の男――
「あんたには、足りないんだよ」
足りない。
それは彼にとっては、耳慣れた言葉だった。
彼はこれまでも、言われてきた。
生みの親にも、育ての親にも、師と仰いだ魔術学者にも、恋人にも。
「もうなにもしなくていいのよ。あなたには、分からないのだろうけれど」
病床に伏した妻にも。
「あんたの元を離れてよかったよ」
そして、出来損ないで失敗作の息子にも。
「オマエの望みを叶えることなど、易いこと。だが、やるにはオマエには足らぬものがある」
「なんだろう」
そして、魔女にも。
初めて会った日のことだ。さすがに、開口一番告げられれば、興味がわいた。
「オマエでは、一生手にできないものだな」
「それは、困ったね」
「待ってやろう。オマエが欲している力は、憎いモノが持っているものだ」
「それはありがたい。ところで、キミの望みはなんなのかな? ただ単に殺したいわけじゃなさそうだけれど」
「……ヤツが、失う苦しみを味わい続けること。それが望みだ」
「かなりの苦行だね」
「オマエにわかるのか?」
「そりゃそうさ。じゃなきゃ、妻を生き返らせようなんて思わない」
沈黙を落とした魔女は、静かに、ため息をつくようにこぼした。
「オマエの望みを叶える日は、こないだろうな」
「それなら、自分で叶えるまでだよ」
眉を下げながらも内心、手には入らないならば要らないものだと、魔女のいう、“一生手にできないもの”を、研究者は聞き出そうとも思わなかった。
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