第二十四章 “その日”それぞれの約束は帰る(前半)

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足りない。  まさか、《異界の旅人》にまで言われるとは、相当足りないらしい。  研究者は笑う。  がらんどうとした広い廊下、金属で囲まれた冷たい空間に、靴音が響く。  彼の目には、無惨に砕けた鉄片と、白目をむいて壁にもたれる岩のような男、光を失って床に伏した人間だったものが映っていた。  それには目を向けず、その間を歩く。 「気に食わないうえに、手こずらせるね……」  やがて足を止めた研究者は呟いた。  その足下には、血にまみれ、虫の息の主役がいた。辛うじて開く目蓋の奥、光りの宿った瞳が、研究者をにらんでいる。 「その程度の魔力で、3体とも壊したのは褒めてあげよう」  微笑んだ研究者は、主役の顔がよくみえるよう屈んだ。  (おもむろ)に主役の顔に手を伸ばすと、親指の腹で、頬を優しく撫ではじめる。  その行動に主役の瞳に恐怖が宿り、揺れた。  気をよくした研究者の満足げな鼻歌が、殺伐とした空間に異様に響く。 「その顔を見ていると、彼女を思い出すよ」  君も見たろう。親指の腹が、頬についた血を拭う。 「俺の理想の女性。なのに、とても反抗的なんだ」  睫を撫でた手が、首に置かれた。 「だからかな、殺してあげたくて仕方がなかった」
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