第二十五章 “その日”それぞれの約束は帰る(後半)

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『近づくな!!』  黒い影が英雄の前に立った。  英雄を壁の中へ閉じ込めた張本人。魔女である。  彼女の見てくれは、変貌をとげていた。  ダークグレーの髪は逆立ち黒炎に包まれ、黒いドレスも炎のようにゆらゆらと揺れている。それはもう、母の面影はもちろん、人の形をも失おうとしているようだ。 『ワタシは今日の日を、待ち望んでいたというのに』  低く笑う彼女の声に、ざわめきが洞窟の底から湧き上がった。  オマエさえ居なければ――。同じ苦しみを、絶望を――。  やり場のない怒り、恨み、悲しみ、そんなあらゆる負の感情を伝えてくる囁き。それは言葉というより悲鳴に近く、慟哭と呼ぶにはあまりに静かで重い。  這うように伝い、どこか深くへ引きずり込むような合唱。  囁きの波は満ち引きを繰り返し、青年をどこかへ引きずり込もうとしていた。  苦しげに眉をひそめ、目蓋を閉じた青年が、静かに天を仰いでいる。 『オマエにわかるか? この声が、この苦しみが――』 「……わかるよ」ぽつり、青年は零す。 「ここへ来るまでに散々、あなたに浴びせられてきた。……ただ俺は、あなたへの恨みでここまで来たわけじゃない」  目蓋をあけた青年は、魔女をまっすぐ見据えた。 「知りたかっただけだ」  囁きの波は、荒れ始める。 『そうか、知りたかっただけ……』  魔女は頷く。が、すぐにその表情は歪んだ。彼女を取り巻く黒炎は怒るように揺れ、歯を食いしばれば空気が軋む。
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