第二十五章 “その日”それぞれの約束は帰る(後半)

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『ならば、なぜ死なない!』  彼女の叫びに応えるように、囁きの波が渦を巻き、青年をのみ込んだ。  避けずにその渦にのまれた青年は、囁きに耳を傾け、それ慈しむように目を細める。 「……あなたたちがいうように、俺や(から)の民を護るために、何人もの人が死んだよ」 『そうだ……! オマエたちが、いつも元凶なのだ。だから――』 「だからだよ」  淡い橙が、彼の周囲で揺れた。  その橙は、偽の空や暗い囁きの波をも染め、柔らかに広がる。 「俺は、彼らが、親が、ユーイが……みんなが護ってくれた俺の世界を嫌いになれないし、簡単に捨てられないんだ」  開いた青年の瞳が、ゆっくりと移り変わる。闇夜から明けの空へ、どこまでも澄んだ青へ。どこまでも優しく、だがどこか悲し気で、しかし確かに強さを持つ(から)の色。  そんな、英雄がそれまで目にしたよりも広い空が、彼の瞳の中に広がっていた。 「いやあ。素晴らしいね」  そこへ、水を差す者がひとり。   「それにしても、息子が(から)の民にそこまで気に入られるなんて計算外だった。もっと利用価値はあったかもしれないな」  色づく大気を満足そうに眺め、深く息を吸い、大きく何度もうなづく彼は、心にもないことを困ったように、表面だけで笑って口にした。 「オーザン……」  青年、キリヤの瞳は揺れ、瞳の色に影が落ちる。 「それでもやはり、あれは本当に出来損ないでね。最期には親に牙を剥くのだから救いようがない。でも一応あれのおかげで、材料の感情をコントロールする必要性を知ったわけだけれど」
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