第二十五章 “その日”それぞれの約束は帰る(後半)

18/33
前へ
/882ページ
次へ
 わざとか無意識か。オーザンはキリヤの感情を逆撫でするような言葉を連ね、同意を求めるように「ねえ?」と心底困ったように眉を下げた。 『……ネズミ2匹に時間がかかったな』 「おっと、ごめんね。……しかし、そんなに気を立てて、どうしたんだい?」  怒る魔女の声。  オーザンは、人の姿を手放しかけている魔女に駆け寄り、一瞬の迷いも見せずに黒い炎に包まれた彼女の手を取った。 『花が持ち出された……』 「なるほど彼はそれで……。ミカを逃がすために必死だったわけだね」  オーザンは宥めるように魔女の手を撫でる。  愛おしいものを見るように目を細め、恋人を扱うように丁重に。  ふたりの世界。そう表現するのが常であるが、イダには、ひとりが勝手に盛り上がって愉悦に浸っている、“ひとりの世界”にしか映らなかった。  条件付きの女性信仰と不老不死への憧れの成れの果てか。彼はそれで幸せなのだろうが、信仰も過ぎれば異常、愛だとしても異常である。 「……ミカになにをしたんだ」  キリヤの声が、ひとりの世界に待ったをかける。 「なにも? 魔族の子供と逃げているところでね。《異界の旅人》に邪魔をされたんだ。君を先に捕らえれば……なんて思っていたけれど。じゃあ、今すぐ追うことにしよう。安心して、我が姫」  問いに答えたにもかかわらず、未だ自らひとりの世界にいるらしい。もっとも放っておかないであろうキリヤの前で、愉しげに追うことを宣言したオーザンは、跪き、魔女の手の甲に口づけをした。  しかし、英雄の心はそれどころではない。  偽の空に暗雲が立ち込める。 「……ユウトがなんだって?」  英雄の口から自身でも驚くほどの低い声が出た。  その声に、キリヤが驚いた表情で振り向き、オーザンや魔女もイダへ向く。 「おお、魔王様のほうがお怒りで? 僕とユーイの関係が気に食わないだなんだって煩いものだから、黙ってもらっ」 「生きてるから落ち着け」
/882ページ

最初のコメントを投稿しよう!

757人が本棚に入れています
本棚に追加