第二十五章 “その日”それぞれの約束は帰る(後半)

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――真を持ち、価値を示せ――  大気が、染まる。  先ほどまでとは比にならない勢いで、夕暮れの空のような赤へ。 「俺が言ノ葉を使いたくなかったのは、恨めなくなるからだ」  瞳に、赤が流れ込む。  瞳の奥で、彼は、彼から全てを奪った炎を見た。  淡く揺れる赤は、炎が激しく燃え上がるように広がる。 「みんなを殺した俺の存在すらも、恨めなくなるからだ」  赤が揺れ、橙が流れ込む。  瞳の奥で、彼は、彼の憧れた父の炎を見た。  揺れる赤は暖かく周囲を照らし、揺れる大気の先で、星のような光が瞬く。 「認めたくなかったからだ。俺が、幸せだってこと」  赤は姿を変える。  全てを燃やすような翼へ、力強い嘴へ。瞬いた星のような光は三本足の爪へ。  瞳の奥に刻まれた、最期の笑顔が揺れる。  彼は微笑み、これ以上にないほど穏やかな心で、その名を告げた。 「七条【赤烏(せきう)】―燃やせ―」  黒い炎が、燃える。  赤の大気から飛び出した三本足の(からす)は羽ばたいて舞い、魔女の周囲を飛んだ。  赤が巻き上がり、魔女と彼女が纏う黒い炎を包み込んだ。  その中から、悲鳴が上がる。  魔女の声だけでない。老若男女様々な声を集めた、(つんざ)くような悲鳴が洞窟に満ちた。 「無下にはしないよ。きちんと抱えて生きる」  自らに言い聞かせるように強く、キリヤは応える。  そうして、魔女へ意識を向けて続ける。  瞳に、白が移った。
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