第二十五章 “その日”それぞれの約束は帰る(後半)

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――厳しき故の慈悲を降らせよ―― 「俺はあなたに土地を還したいんだ。魔族が平和に暮らす、あなたの愛した土地を。だから――」  彼の頭上に、白い煙のような光が漂う。  それは雲のように広がり、偽の空を隠して広がった。 「八条【白雨(はくう)】―(ほど)け―」  白く輝く雨が、洞窟に落ちる。  黒い炎も、赤の烏をも解き、全てを空に返した。  残ったのは、元の――オヤジの母親の姿に戻った魔女だけだ。雨に打たれる彼女は、力なく地面に座り、キリヤを恨めしそうに睨んでいる。 「だからまた、リーリエンに咲いて欲しい」  その場に跪き、キリヤは彼女に悲し気な笑顔を向ける。 「それがあなたへの、最初で最後の祈り」  そう噛みしめるように発すると、キリヤは地面に手をついた。 ――祝福を与えよ――  彼の周りを淡い紫が包み込む。  大気を、白雨を降らせた雲を、偽の空を染め上げる。  彼の瞳に、その色が、空の色が移り込む。  淡い紫は、柔らかな雲へと姿を変える。 「九条【紫雲(しうん)】―満たせ―」  雲が、広がる。  広がった雲はいくつもの囁きに触れ、小さな光へと変えた。  雲は魔女をも包み込み、彼女に触れる。  苦しげにうずくまった魔女の背から、囁き声が溢れ、光に変わって瞬いた。  雲は洞窟を満たし、淡い紫と数多(あまた)の光で溢れかえる。  その数多の光を、その膨大な数の声を、淡い紫を移した瞳で、キリヤは記憶に焼き付けるように見つめた。  九炎条の九つ目は“祝福”。  心や魂を鎮める魔法。  力の姿も、魔法の対象物も雲のようにつかみ所がない故に、過去の使い手が、どこにも詳しく書き記すことができなかった魔法だ。  キリヤの頬を汗が垂れる。  長い距離を走った後のような、荒れた息が口からこぼれた。  紫雲を使ったがために聞こえた数多の声に耳を傾け、九炎条を酷使し続けたツケ。彼は膝に手をつき、うなだれる。
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