第二十五章 “その日”それぞれの約束は帰る(後半)

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 キリヤの肩越しに淡い黒が集まり、手へと変わる。  柔らかで上品な女性の手へ。“彼女”は、魔女だったソレを、割れ物でも扱うようにそっと拾い上げる。  それは、ユリの花。  黒手の影響で黒いが、細い茎に蕾と葉をつけ、凛々しく咲く花だった。  受け取るために手を出す。が、“彼女”は意地悪くキリヤから遠ざけ、その花をオヤジへと差し出した。  両手でそれを受け取るオヤジが、戸惑うように笑う。 「……振られたな」 「五月蠅いな」  黒手に慰めるように優しく頭を撫でられ、オヤジに微笑まれ、どうも腑に落ちない状況にキリヤはため息をついた。 「【黒手】―解く―」  黒手はキリヤをからかうように、コツンと額を小突いて消えた。  キリヤの瞳に光が戻る。 「……まさか、息子に花を持たされるとはね」 「しょうがなくだよ。オヤジがここまで鈍いとは思わなかったけど」  気が付かなければ、手を変えなければならないところだ。  汗を拭いながら毒づけば、オヤジはへらっと笑う。 「魔女の内に、黒手を流し込む必要があったんだ」  土地を離れても、500年以上消えなかった恨み。九炎条に払う力があるとはいえ、闇雲に魔法を放って消すことができるとは、端から思っていなかった。  それに、確かに魔女は仇だが、土地神ごと消す必要はない。  今のリーリエンの住人は、オヤジひとり。つまり、土地神はしばらくオヤジの思考に支配されることになる。戻すことさえできれば、あとは時間が解決するはず。  となると、とることのできる方法は限られた。出来るだけ魔女の力を削いだ後、黒手を流しこみ、内から支配する。  それをどう実行するか考えていた矢先、届いたのがオヤジの発言だった。 ――僕は完全に壊さなければならないよ。君を、リーリエンに残してきた遺恨を、消し去らなければならない。次に生きる者たちのためにね。 「ああいうのは、その気がある奴がやったほうが外さない」  ユウトがいい例だ。彼の“その気”がどこからきたものなのかは、キリヤが知る由もないわけはあるが。
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