第二十五章 “その日”それぞれの約束は帰る(後半)

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「ふーん」オヤジは興味なさ気に相槌を打つと、「あ゛ー疲れたねえ」伸びをした。その間もユリの花を大切そうに抱える彼は、「ミカちゃん大丈夫かなー」ミカの心配をする。  壁の中で座っていただけのくせに。その言葉を飲み込み、キリヤは答える。 「大丈夫。隙を見てコポを送った」  ユウトがひと騒ぎ起こしているうちに。  魔女の心臓、いや、正式には土地神の依り代。それがリーリエンに着けば、焦る必要もない。  ここまで考えて、キリヤは気がついた。  矢面に立つ。そう心に誓っておきながら、結局オヤジにもミカにも、ユウトにまで先に走られてしまったのか、と。  格好悪いなと、内心で自嘲する。 「さすが」  そんな心境を知らないオヤジが、軽く笑い、急に真剣な顔つきになって、花に目を落とした。  そうして何を思ってか、少し寂し気に笑い、偽の空を見上げる。 「……なるんだね。魔族の主に」 「ああ。なったらしい」  肯定したキリヤも偽の空を見る。  晴れているが、どこか悲し気な青が広がっていた。 「じゃあ、僕はお役ご免だな」  届いた言葉に慌ててオヤジに視線を戻す。彼は、眉を下げて笑っていた。 「廊下、来る時見ただろう?」 「ああ……」  キリヤは血で濡れた廊下を思い出す。  オヤジが歩いた後にできた、死体の山。死屍累々とは、あれのことをいうのだろう。確かめたが、ひとりとして息はなかった。ほぼ一突き、一撃で息絶えていたのだ。 「僕は簡単に人の命を奪える。奪ってきたんだ。これが君のオヤジだよ」  ユウトも分かっただろうなあ。なんとなしに呟く声色は、明るく装っているのに、絶望に溢れている。
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