第二十五章 “その日”それぞれの約束は帰る(後半)

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今更何を落ち込んでいるんだ。  キリヤは大きなため息をつく。  オヤジがなにを思ってそれを口にしたか、大体予想ができたからだ。  キリヤは小さく息をつき、自らの腰に下げてある短刀を手に取った。  汚れひとつない刃。『そういえば俺は、自分の手でヒトを刺したり、殺したりしたことはないのか』と、キリヤはぼんやりと考えながら眺める。  柄を握り、少し離して器用に回し、また握る。  感触を確かめるように「なるほど」そう呟いた彼は――、 あろうことかその短刀を、オヤジの心臓に突き刺した。  さくっと。何のためらいもなく。無表情で。  不意を突かれたうえに、最もダメージの大きな心臓の攻撃。うめき声がオヤジの口から洩れた。 「姿を消そうとか考えているなら、やめろよ」  短刀の刺さった個所を押さえ、地面に倒れこんだオヤジを、キリヤは真正面から見下ろした。 「……え、なに?」  痛みに涙と困惑の色を浮かべた目が、キリヤを見上げる。 「簡単に命を奪えるから汚れてる。そういう発想なら、スバルの王――いや魔族の主も、大昔から綺麗じゃない。……オヤジと俺に大した違いはないよ」  これまで(から)の民を護ろうと、どれほどの命が奪われてきたか。キリヤは九炎条の使い手たちの記憶を思い出し、自らの両手のひらを見つめた。  手を使わずに、存在のみでも簡単に命を奪えるという意味では、(から)の民のほうが質が悪い。 「ほら、あんたの血で汚れた。満足か?」  見せつけるように血で汚れた手を振る。 「あんたは俺の親なんだよ。子供にこんなこと言わせないで欲しいね」  その勢いのまま、キリヤはしゃがみ、オヤジの額をつついた。 「ついでにだ。俺は昔、あんたを殺すといったよな。で、あんたはこの前、殺されたいわけじゃないといった」  それをどうしようかと、キリヤは額を連打しながら少し考え――
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